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5月13日(日)團菊祭昼の部の続きである。
二、身替座禅 前に仁左衛門と歌六で見たことがあるが、ひょうきんな役のできる立役と、ごっつい感じの女方(いつもはあまり女方をしない役者)の組み合わせが面白い演目で、何といっても團十郎の奥方が楽しみだった。 山蔭右京 菊五郎 太郎冠者 権十郎 侍女千枝 巳之助 同 小枝 尾上右近 奥方玉の井 團十郎 狂言を元にした舞台で、舞台も狂言のような雰囲気である。菊五郎がでてきて、名乗りを上げて、奥方の團十郎を呼ぶが、出てくる前から期待で笑いそうになる。出て来た團十郎は期待に違わず、ごつい感じである。客席は大笑いで楽しい演目である。 権十郎が気弱で、人のいい太郎冠者を演じて、さすがである。芝居の間に踊りも入って、楽しめる。侍女役の巳之助と右近が可愛らしい。侍女といった役がらでは、華やかさを押さえて、可愛らしく造るものである。 團菊祭の昼の部の團十郎と菊五郎の揃い踏みは、ちょっと変わったからみであった。 三、恋飛脚大和往来 封印切 新町井筒屋の場 亀屋忠兵衛 藤十郎 傾城梅川 菊之助 丹波屋八右衛門 三津五郎 井筒屋おえん 東 蔵 槌屋治右衛門 左團次 封印切は3度目ではないかと思うが、藤十郎の久しぶりの演技が楽しみだった。花道を入ってきて、行こか戻ろかとふらふらしたかと思うと、「梶原源太はわしかしらん」とうぬぼれて見せる。なんとなくじゃらじゃらとした若旦那の風情は、藤十郎の真骨頂である。 菊之助の梅川が美しかった。一途さと清純さがいじらしかった。和事にしては華やか過ぎて、藤十郎との釣り合いがどうかという意見はあろうが。 八右衛門の三津五郎はさすがに余裕がある。言葉もこなれているようで、忠兵衛に迫る迫力といやらしさもある。文楽では、八右衛門は忠兵衛を心配して忠告する友達だが、歌舞伎では悪人で、友達、友達というのが気になる。 左團次は、今月はこの役だけだろうか?存在感がある。東蔵はこういう役は、ぴったりとはまっている。人のよい、それでいて八右衛門にかみつく気風のよさが心地よかった。 藤十郎の踊り以外の舞台をみるのは、昨年正月の「廓文章」以来だが、元気な舞台を見られてうれしかった。声の張りが少し弱くなったように思われたのは気のせいだろうか? 終わって外にでると、御堂筋フェスティバルで、1kmに渡って歩行者天国となり、様々なイベントが行われていた。いつもは歩けない車道を歩けるのはうれしかったが、イベントの内容がもう少し興味深いものならよかったが。 御堂筋フェスティバル ↓ ![]() 5月13日(日)団菊祭歌舞伎の昼の部を見に行った。團菊祭が歌舞伎座の再建に伴い、大阪で開催されるようになって3回目の公演になる。團十郎と菊五郎を中心とする歌舞伎が関西でみられることは喜ばしいことである。
昼の部の3演目はいずれも前にみたことがあるが、寺子屋は花形役者での上演で、身替座禅は菊五郎と團十郎が主役、封印切は藤十郎の踊り以外では久しぶりの出演と菊之助の梅川と楽しみであった。 一.菅原伝授手習鑑 寺子屋 平成22年の南座顔見世で、吉右衛門、梅王で見たことがある。 松王丸 松 緑 武部源蔵 海老蔵 源蔵女房戸浪 梅 枝 御台園生の前 吉 弥 涎くり与太郎 亀 寿 春藤玄蕃 亀三郎 松王女房千代 菊之助 浄瑠璃の大夫に声がかかったが、普段はあまり気にしない大夫の熱演に感心した。文楽と違って注目されることが少ないが、やはり一流でないと舞台が引き立たない。 松緑の松王丸は、声の通りがよく大きさもみせた。ベテランと比べるのは酷だが、近年の進境著しい花形役者である。海老蔵は華があるが、きりっとした表情がにらみ過ぎと感じられた。刻々変化する感情の動きを見せなくてはならず、難しい役である。 戸浪の梅枝が当初誰かわからなかったが、それほど落ち着いて見えた。菊之助は、いつもの若い役ではなく、少し年増の感じで、こういう役もいい味がだせるのかと感心した。亀三郎は声がよく通って迫力があった。 前回見た時に比べて、前段までのストーリーを知るようになったことで、一段と寺子屋を楽しむことができた。松王丸が我が子が死んでから、「それにしても不憫な桜丸」と切腹したのを嘆くところでは、ストーリーを知らないと何のことかわからない。 寺子屋に入門した子を忠義のために身替りに殺すという無茶な話だが、話がそういう風になるように仕組まれている。その伏線がわかると面白い。よく練られた話である。最初のユーモラスな場面、緊迫した首実験の場面、そして最後の焼香の場面と盛り上がりがあって、名作である。 花形役者の寺子屋が、15年も経てばこのメンバーで幹部役者の大舞台となるのであろう。その時まで元気で芝居を見にこられたらいいが。 5月12日(土)男里川に鳥の観察に行ったが、樽井駅からの道端に花をみつけた。気をつけてみると、そして近づいてみるときれいな花が咲いているものである。最近、ポケット図鑑「日本の野草300」夏・秋編と冬・春編を買ったので、野草の観察もしてみたい。
道端に黄色い花が咲いていた。茎だけがすっと伸びていて、葉は見当たらないので、自信はありませんが、セイヨウタンポポということでしょうか? 工場の敷地にマンテマの花が咲いていた。帰化植物で埋立地や道端に生えるので海沿いに多い。 男里川の河原に下りると、ハマヒルガオが咲いていた。少し群生もみられた。同じ所にマツヨイグサもみられたが、夕暮れにならないと咲かないので、しぼんだ形だった。 樽井駅にもどる道で電車の線路のそばの空地に白い花がたくさん咲いていた。ハートの形の花びらで、「ノイバラ」である。野生のバラということになる。ハマヒルガオ ↓ ![]() 5月12日(土)昼から泉南市の男里川河口に鳥の観察に行った。ブログでシギチドリ類が来ていることを知ったからである。以前に南港野鳥園でシギチドリ類を見たことがあるが、遠すぎてよく見えなかった。
南海本線樽井駅から西の方へ、海の方へ歩いて行くと、男里川の河口にでる。潮風の匂いがして、沖合に関西空港を発着する飛行機が見える。 河の右岸の河原に下りて、2-3種類の鳥をみかけたが、陽が逆光なので浅瀬を対岸に渡った。そこで、鳥にカメラを向けている人が二人おられた。聞いてみるとキョウジョシギの群れがいるという。遠いがオレンジと黒の羽根が美しい。「京女」と名前がついているだけのことはある。前から見てみたいと思っていた鳥を初めてみられてうれしかった。 キョウジョシギは、人が近づくと飛び立って離れた所に止まる。じっくりと観察すると少しずつ近づいてくることもある。他に、初めて見るものとしてトウネンが同定できた。ハマシギとチュウシャクシギは、前に南港野鳥園でみたが、遠くからしか見えなかった。チュウシャクシギは飛ぶ時に「ピピピピピピピ」と明るい声で鳴く。コチドリは、狭山池でみたことがある。 男里川の岸を上流に歩いて行くと、川にいる何種類もの鳥を比較的近くでみることができた。今回載せた写真は、キョウジョシギ以外は、この時に撮ったものである。 ハマシギで足に緑のテープをつけたものがいた。最近は捕まえないとわからないリングではなく、見ただけでわかるレッグフラッグと呼ばれるテープが渡りの調査に使われているという。緑色のテープはオーストリアのクイーンズランド洲南東部が使用することになっているが、そこから飛んできたものだろうか? 短い時間だったが、思いがけず遭遇したキョウジョシギとトウネンのライファー2種に、前に見たけれど遠すぎてよく見えなかったハマシギとチュウシャクシギに会えて、大変満足した。 キョウジョシギ ↓ ![]() キョウジョシギ ↓ ![]() ハマシギ ↓ ![]() トウネン ↓ ![]() チュウシャクシギ ↓ ![]() コチドリ ↓ ![]() 5月12日(土)今年の1万人の第九の合唱団の募集要項が明らかになった。本番は12月2日(日)で以前からHPで発表されていたが、合唱団の募集要項が書類の形で配布されていることが判明した。南八尾電車区さんのブログによると、大阪CクラスとDクラスが昨年と異なっている。
大阪Cクラスが水曜日6時半~8時半に淀屋橋(大阪倶楽部)となっており、大阪Dクラスは、木曜日7時~9時に京橋(クレオ大阪東)となっている。昨年まで水曜日だった大阪Cクラスが木曜日になったことで、CとDを入れ替えたものと思われる。大阪Dクラスがそのまま大阪Cクラスになったということになる。 というわけで、今まで大阪Dクラスに参加していた人は、大阪Cクラスを第一希望として応募することになる。 本年の募集要項で、参加料は9000円で変更がない。佐渡錬が東京1日、関西2日間と短くなった。すべて平日で夜間となっているので、3回程度のレッスンしか行えないことになる。かなり大きな会場が必要となるだろうと思われる。 5月5日(土)三室戸寺にお参りした後、宇治上神社の方へ歩いて行った。5年前に三室戸寺にあじさいを見にきた時にも歩いたあたりだが、前回は時間が遅くて入れなかった宇治上神社にお参りした。拝殿、本殿共に国宝で、境内全体が世界遺産に登録されている。
桧皮葺屋根の拝殿と本殿は歴史を感じさせる。本殿は現存する最古の本殿されている。格子から本殿の中をのぞくと、三つの小さな祠が納められている。華やかさはないが、神聖な雰囲気を味わえる。 宇治川にでると赤い欄干の朝霧橋が川の中州の宇治公園にかかっている。橋を渡って少し上流に歩くと、大きな石の十三重塔が建っている。小さい橋を渡ると対岸の宇治平等院に着く。平等院に入る人の列ができていたが、係の人が今年は藤の花が咲いてないこと、中の拝観はできないことを説明されていたので、入るのを止めた。宇治橋を渡って京阪宇治駅に着いた。 宇治は源氏物語の舞台であり、三室戸寺や宇治上神社への道にも、源氏物語ゆかりの地の碑があり、すぐそばには源氏物語ミュージアムもある。宇治上神社の近くには、与謝野晶子の源氏物語にちなむ歌碑がある。宇治橋のたもとにもいくつか碑がたっている。 宇治上神社山門 ↓ ![]() 宇治上神社拝殿 ↓ ![]() 宇治上神社本殿 ↓ ![]() 宇治橋から中の島 ↓ ![]() 5月5日(土・祝)宇治の三室戸寺にお参りした。三室戸寺は花の寺として知られて、特にツツジ、シャクナゲ、アジサイ、ハスの花で有名である。平成19年6月24日にアジサイを見に行ったことがある。御朱印をもらいにいくなら、ツツジの季節をと前から思っていて、この時期のお参りとなった。京阪三室戸駅からお寺まで歩いた。
西国三十三所第10番霊場 明星山 三室戸寺 京都府宇治市菟道滋賀谷21 本山修験宗 千手観世音菩薩 宝亀元年(770) 夜もすがら月を三室戸わけゆけば宇治の川瀬にたつは白波 久しぶりの晴天で、ツツジが目当ての観光客が多かった。山門の辺りから谷の向かいに咲くツツジの白や赤の花が見える。木によってはまだ3分咲程度のものがあるが、満開のツツジは見事である。全体としては7分咲といったところだろうか? アジサイの木が繁る道を下りて、川を越えて向かいの山に登り、ツツジの咲く山道を歩いた。真っ赤なシャクナゲが咲いていたが、花が落ちたものやまだつぼみのものがあって、同時に咲くものではないらしい。 山をぐるりと回って下りたところの池の側にオオデマリの花があった。石段を上がったところに本殿がある。本殿の前にハスを植えた大きな鉢が100個くらい並べられている。 本殿にお参りして般若心経をあげた。本殿下に大きな御影石製の狛兎が置いてある。抱いている大きな玉の中の卵型の石が立てば願いが通じると言われている。石を立てようと人が本殿のすぐ前に並んでいる。というわけで落ち着いてお参りできなかった。本殿の右手に阿弥陀堂、鐘楼、三重塔が並んでいる。仏像を収納した宝物殿は、毎月17日にしか公開されていない。。 ![]() ![]() ![]() シャクナゲ ↓ ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 5月5日(土・祝)大阪城公園に自然観察に行った。弁天橋から公園に入ると鳥の声が盛んに聞こえる。木々の新緑が目にうれしい。鳥の声が聞こえるが姿はほとんど見えない。市民の森では鳥の観察をしている人が数人いた。道端の小さな花の写真を撮った。
鳥の観察をする人たちが三々五々集まっている場所で、少し大きな枝に、穴が開いていて、そこにコゲラが営巣しているという。卵を温めているらしい。少しだけ顔を出したところの写真が撮れた。 観察している人から、ヨタカがでているということを教えていただいた。現場に行くと、30人くらいの人がカメラを構えていた。枝の上にじっとしていて、目を閉じている。特徴がないので教えてもらわないと気が付かない。図鑑にも木の瘤と間違えると書いてあるがまさにその通りである。はじめてみるヨタカの写真を撮った。桐の花が少しだけ残っていた。豊国神社裏にも行ってみたが、鳥の観察をする人はまばらで、シジュウカラやムクドリしかいなかった。昨年の今頃はオオルリやキビタキなど沢山の鳥をみることができたのだが。 ジシバリ ↓ シラン ↓ ![]() ![]() ツルニチニチソウ ↓ シロバナタンポポ ↓ ![]() ![]() シャガ ↓ ![]() ![]() 4月30日(月・祝)難波橋から天神橋まで歩いた歴史散歩の後半である。
土佐堀通りの北側を東に歩くと料亭「花外楼」があるが、ビルの建て替えのために閉鎖されていた。平成26年夏にオープン予定となっている。「花外楼」は大阪会議が行われたことで知られる。大阪会議は、明治8年に明治政府の要人である大久保利通・木戸孝允・板垣退助らが政府の方針や案件について協議した会議である。 さらに東に歩いて、葭屋橋(よしやばし)を渡った。土佐堀川から南に分かれる東横堀川にかかる橋である。天神橋のかかる松屋町筋の手前に、大正15年に建てられた大林組旧本店がある。4月7日に食事をした「ル・ポンド・シエル」の入っている建物である。天神橋の上からその全体像をのぞむことができる。小説「プリンセス・トヨトミ」では、大阪城への地下の秘密の通路の出口がこの建物と設定されている。 ルポンドシエルビル(大林組旧本店) ↓ ![]() 天神橋はかって江戸幕府の管理する公儀橋で、浪華三大橋の中で一番長い。中之島の東の端を跨いでかけられている。1832年の天神祭で、橋の上からだんじりが落ちて、多数の犠牲者を出す事故があり、「天神橋長いな、落ちたらこわいな」と童歌に歌われた。落語の枕では、橋が落ちたら恐いと使われたことがあるが、「ロンドン橋」と違って、橋が落ちるのではなく、橋から落ちたら恐いということである。 葭屋橋から見る天神橋 ↓ ![]() 天神橋を北へ渡って天満橋との間にある南天満公園を東に歩いた。桜並木が続いているので、花の時期にはさぞ見事だろう。公園内に「天満青物市場跡」の碑がぽつんと建っている。青物市場とは果物や野菜を扱った市場で、堂島の米市場、雑喉場の魚市場と並んで大坂三大市場であった。 少し東に「天満の子守歌」の像と碑がある。ねんねころいち 天満の市は 大根(だいこ)そろえて 舟に積む 舟に積んだら どこまで行きゃる 木津や難波の 橋の下 橋の下には かもめがいるよ かもめとりたや 竹ほしや さらに東に淀川三十石船舟唄碑がある。京都と大阪の八軒家浜を結ぶ三十石船の絵と舟歌の歌詞が書かれている。天満橋は、大阪では珍しい2階建ての橋である。江戸時代には公儀橋に指定されていた。江戸時代には、現在地より一筋東にかけられていた。 天満橋 ↓ ![]() 天満橋を越えてから川崎橋を渡って京阪本線の線路をくぐると、土佐堀通りに戻る。京橋のたもとに京橋川魚市場跡の碑がひっそりと置かれている。知らないと見逃しそうである。京橋に沿って設置されている歩道橋から大阪城をみると、その手前に大阪砲兵工廠の旧化学分析場の古いレンガ造りの建物がみえる。自衛隊の施設として使われたこともあるが、今は廃墟である。砲兵工廠は昭和20年8月14日の空襲で破壊された。雨の中に煙るその姿は、明るい大阪城とのコントラストが不気味である。ちなみに砲兵工廠本館の跡に建設されたのが、大阪城ホールである。空襲の標的となった場所で「1万人の第九」の平和な歌声が響くという意義も考えてみたい。 旧化学分析場と大阪城 ↓ ![]() 寝屋川橋を渡って上町筋との交差点のすぐ南にドーンセンターがある。建築時の発掘によって発見された、徳川によって埋められてしまった豊臣時代の三の丸の石垣を再現している。石組は簡素で、徳川によって作られた現在の石組みがいかに多大の労力をつぎ込んで作られたかということがわかる。 豊臣時代の石垣 ↓ ![]() さらに西に歩いて谷町筋を越えると、「長田昆布店」の店先に八軒家船着場跡の碑がある。京都と大阪を結ぶ三十石船の船着場である。このすぐ西の交差点が熊野街道の始点である。
4月30日(月・祝)文楽を見た後、難波橋から天神橋を渡り、南天満公園から天満橋まで歩いた。このあたりは歴史遺跡が多く残る地域で、歴史散歩の一つのコースとなっている。
地下鉄北浜駅から外にでたところが難波橋の南詰北浜1丁目交差点である。交差点の南西のビルの前に「大阪俵物会所跡」の石碑と案内板がある。中国に輸出していた俵物とよばれるふかのひれや干あわびなどを扱っていた場所である。 難波橋は、天神橋、天満橋と共に浪花三大橋と呼ばれる。明治末期まで堺筋の一筋西の難波橋筋に架かっていた。江戸時代は、幕府が管理する公儀橋の一つだった。1912年(明治45年)に大阪市電が天神橋筋六丁目まで延伸された時に、市電敷設の反対運動が起こったため、一筋東の堺筋に新橋が架けられたのが、現在の難波橋である。 欄干の両端にはライオンの彫刻が置かれている。当時の天王寺動物園のライオンをモデルにして作られたという。左側のライオンは口を開ける阿形像、右側が口を閉じる吽形像となっている。黒雲母花崗岩でできている。難波橋はライオン橋とも呼ばれる。 ![]() 難波橋の上から大川の下流を望むと、大阪中央公会堂の全貌がみえる。公会堂の前の橋は栴檀木橋で、その橋の向こうに新しいフェスティバルホールが作られるビルが見える。壁にすでにフェスティバルホールという文字がみえて、ミューズのレリーフが新しく作られている。 中央公会堂 ↓ ![]() 栴檀木橋と新フェスティバルホールの建物 ↓ ![]() 難波橋の南端の交差点の南東に大阪証券取引所があり、その前に証券取引をはじめるのに功績のあった五代友厚の像が建っている。 ![]() 土佐堀通りの北側を東に歩いてすぐに、近代的なビルにはさまれた小さなビルがある。北浜レトロビルという大正2年(1913)に建てられたもので、現在は喫茶店になっている。前に一度店内に入ったが、英国風の内装が歴史を感じさせた。 ![]()
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道端に黄色い花が咲いていた。茎だけがすっと伸びていて、葉は見当たらないので、自信はありませんが、セイヨウタンポポということでしょうか?
工場の敷地にマンテマの花が咲いていた。帰化植物で埋立地や道端に生えるので海沿いに多い。
男里川の河原に下りると、ハマヒルガオが咲いていた。少し群生もみられた。同じ所にマツヨイグサもみられたが、夕暮れにならないと咲かないので、しぼんだ形だった。
樽井駅にもどる道で電車の線路のそばの空地に白い花がたくさん咲いていた。ハートの形の花びらで、「ノイバラ」である。野生のバラということになる。


















鳥の観察をする人たちが三々五々集まっている場所で、少し大きな枝に、穴が開いていて、そこにコゲラが営巣しているという。卵を温めているらしい。少しだけ顔を出したところの写真が撮れた。
観察している人から、ヨタカがでているということを教えていただいた。現場に行くと、30人くらいの人がカメラを構えていた。枝の上にじっとしていて、目を閉じている。特徴がないので教えてもらわないと気が付かない。図鑑にも木の瘤と間違えると書いてあるがまさにその通りである。はじめてみるヨタカの写真を撮った。桐の花が少しだけ残っていた。







天神橋を北へ渡って天満橋との間にある南天満公園を東に歩いた。桜並木が続いているので、花の時期にはさぞ見事だろう。公園内に「天満青物市場跡」の碑がぽつんと建っている。青物市場とは果物や野菜を扱った市場で、堂島の米市場、雑喉場の魚市場と並んで大坂三大市場であった。
少し東に「天満の子守歌」の像と碑がある。
さらに東に淀川三十石船舟唄碑がある。京都と大阪の八軒家浜を結ぶ三十石船の絵と舟歌の歌詞が書かれている。
天満橋を越えてから川崎橋を渡って京阪本線の線路をくぐると、土佐堀通りに戻る。京橋のたもとに京橋川魚市場跡の碑がひっそりと置かれている。知らないと見逃しそうである。

さらに西に歩いて谷町筋を越えると、「長田昆布店」の店先に八軒家船着場跡の碑がある。京都と大阪を結ぶ三十石船の船着場である。このすぐ西の交差点が熊野街道の始点である。



