感動を求めて、忙しすぎる「ひまつぶし」に追われている団塊世代の男の記録。
by nori-126
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大阪歴史散歩 難波橋~天神橋~南天満公園~天満橋 後半

 4月30日(月・祝)難波橋から天神橋まで歩いた歴史散歩の後半である。

 土佐堀通りの北側を東に歩くと料亭「花外楼」があるが、ビルの建て替えのために閉鎖されていた。平成26年夏にオープン予定となっている。「花外楼」は大阪会議が行われたことで知られる。大阪会議は、明治8年に明治政府の要人である大久保利通・木戸孝允・板垣退助らが政府の方針や案件について協議した会議である。

 さらに東に歩いて、葭屋橋(よしやばし)を渡った。土佐堀川から南に分かれる東横堀川にかかる橋である。天神橋のかかる松屋町筋の手前に、大正15年に建てられた大林組旧本店がある。4月7日に食事をした「ル・ポンド・シエル」の入っている建物である。天神橋の上からその全体像をのぞむことができる。小説「プリンセス・トヨトミ」では、大阪城への地下の秘密の通路の出口がこの建物と設定されている。

  ルポンドシエルビル(大林組旧本店)   ↓
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 天神橋はかって江戸幕府の管理する公儀橋で、浪華三大橋の中で一番長い。中之島の東の端を跨いでかけられている。1832年の天神祭で、橋の上からだんじりが落ちて、多数の犠牲者を出す事故があり、「天神橋長いな、落ちたらこわいな」と童歌に歌われた。落語の枕では、橋が落ちたら恐いと使われたことがあるが、「ロンドン橋」と違って、橋が落ちるのではなく、橋から落ちたら恐いということである。

  葭屋橋から見る天神橋   ↓
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d0097373_22261429.jpg 天神橋を北へ渡って天満橋との間にある南天満公園を東に歩いた。桜並木が続いているので、花の時期にはさぞ見事だろう。公園内に「天満青物市場跡」の碑がぽつんと建っている。青物市場とは果物や野菜を扱った市場で、堂島の米市場、雑喉場の魚市場と並んで大坂三大市場であった。


d0097373_22263059.jpg 少し東に「天満の子守歌」の像と碑がある。

ねんねころいち 天満の市は
大根(だいこ)そろえて 舟に積む
舟に積んだら どこまで行きゃる
木津や難波の 橋の下
橋の下には かもめがいるよ
かもめとりたや 竹ほしや

d0097373_22265112.jpg さらに東に淀川三十石船舟唄碑がある。京都と大阪の八軒家浜を結ぶ三十石船の絵と舟歌の歌詞が書かれている。






 天満橋は、大阪では珍しい2階建ての橋である。江戸時代には公儀橋に指定されていた。江戸時代には、現在地より一筋東にかけられていた。

   天満橋  ↓
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d0097373_22372371.jpg 天満橋を越えてから川崎橋を渡って京阪本線の線路をくぐると、土佐堀通りに戻る。京橋のたもとに京橋川魚市場跡の碑がひっそりと置かれている。知らないと見逃しそうである。




 京橋に沿って設置されている歩道橋から大阪城をみると、その手前に大阪砲兵工廠の旧化学分析場の古いレンガ造りの建物がみえる。自衛隊の施設として使われたこともあるが、今は廃墟である。砲兵工廠は昭和20年8月14日の空襲で破壊された。雨の中に煙るその姿は、明るい大阪城とのコントラストが不気味である。ちなみに砲兵工廠本館の跡に建設されたのが、大阪城ホールである。空襲の標的となった場所で「1万人の第九」の平和な歌声が響くという意義も考えてみたい。

  旧化学分析場と大阪城  ↓
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 寝屋川橋を渡って上町筋との交差点のすぐ南にドーンセンターがある。建築時の発掘によって発見された、徳川によって埋められてしまった豊臣時代の三の丸の石垣を再現している。石組は簡素で、徳川によって作られた現在の石組みがいかに多大の労力をつぎ込んで作られたかということがわかる。

  豊臣時代の石垣   ↓
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d0097373_2237397.jpg さらに西に歩いて谷町筋を越えると、「長田昆布店」の店先に八軒家船着場跡の碑がある。京都と大阪を結ぶ三十石船の船着場である。このすぐ西の交差点が熊野街道の始点である。
by nori-126 | 2012-05-03 01:38 | 歴史散歩 大阪 | Comments(0)
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