感動を求めて、忙しすぎる「ひまつぶし」に追われている団塊世代の男の記録。
by nori-126
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カテゴリ:街道を歩く( 77 )

京街道 第6回 八幡市駅~中書島駅

 6月4日(日)、街道歩きをした。時期的には暑くなっているので、負担になるが、空気がさわやかで、風もあるので思い切って歩いてみた。陽が当たり、風がないとやはりこたえる。

 京街道 第6回 八幡市駅~中書島駅
 八幡市駅ー三川合流ー京滋バイパスー淀城跡ー宇治川大橋ー
 三栖関門ー中書島駅


 前回の続きの八幡市駅から木津川を渡った。橋の上から、河原で鳥の鳴く声が聞こえて、オオヨシキリだとわかった。口の中が黄色くみえる。橋を越えたところに、三川合流地域に、今年3月にオープンした、さくらであい館が建っている。案内所やセミナーをする部屋がある。隣に展望塔があり、エレベーターで上に上がると、下流の方に桂川、宇治川、木津川が合流する地点を望むことができる。宇治川と木津川との間の堤防は、背割堤の桜として知られる場所である。

 宇治川を渡り、京滋バイパスを越えて、車の道を歩いていくが、新しい道で風情はない。古い町並みに入って、京阪淀駅の近くに来た。淀駅のそばに與杼(よど)神社があり、ここに淀城跡がある。石垣が残っているだけだが、三川合流のこの辺りが、軍事的に重要な地域であったことを示すものである。

 街道に戻って、京都競馬場のそばを通って、京阪線に並行して走る車の道を歩く。周りに家がなく暑い。道端に戊辰戦争の戦没者慰霊碑がぽつんとあった。線路を越えて、宇治川沿いの堤防を歩いて行くが、ほとんど人が歩いていない。

 宇治川大橋と巨椋大橋を越えたところに、三栖関門がある。この辺りはかって水運で栄えた伏見の港があったところである。一帯が公園になっていて、家族連れが楽しんでいた。十石舟が観光客を乗せて運河を渡っていく。中書島駅前で遅い昼食を食べて帰った。

              オオヨシキリ ↓
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さくらであい館から背割堤 ↓
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淀城石垣 ↓
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與杼神社 ↓
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十石舟 ↓
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by nori-126 | 2017-06-05 01:05 | 街道を歩く | Comments(0)

京街道 第5回 枚方市駅~八幡市駅

 5月4日(木・祝)、久し振りに街道歩きをした。いい天気で暑かったが、風が吹いてさわやかでもあった。

京街道 第5回 枚方市駅~八幡市駅
枚方市駅ー鵲橋ー御殿山駅ー牧野駅ー楠葉橋ー樟葉駅ー楠葉砲台場跡ー橋本駅ー八幡市駅



 前回の続きの枚方市駅から歩き始めたが、裏道を通るのがわからなくて、大通りを関西医大病院、さらに東の鵲(かささぎ)橋まで歩いた。ここで間違いに気づき、駅まで戻って、Walkmeterをリセットして、裏道を歩いた。少し古い家並みが残っている。川にでたところに枚方宿東見附の碑がある。鵲橋からも裏道を歩いていくと街道らしい雰囲気が味わえた。

 車道沿いを歩いた後、住宅街を抜けて、牧野駅至る。ここからは車道沿いの歩道を歩いて、樟葉橋から土手の車道に沿って、樟葉駅にでた。樟葉モールは、かなり大きなショッピングモールで、レストランで昼食を取った。

 樟葉から古い町並みを歩いて行くと、樟葉砲台場跡にでる。木津川、桂川、宇治川が合流するこの辺りは、昔から軍事上の重大な要となっており、江戸幕府の末期に設置されたものである。橋本駅を過ぎて、八幡市駅で今回は終点とした。

 石清水八幡宮にお参りした。前に東高野街道の始点として、お参りしたことがあるが、その後、本殿が国宝に指定された。境内で売っていた走井餅を買った。江戸中期に大津で創業されて、広重の五十三次にも描かれているが、明治期にこの地に移ってきたものである。

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石清水八幡宮
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by nori-126 | 2017-05-04 20:20 | 街道を歩く | Comments(0)

京街道 第4回 香里園駅~枚方宿~枚方市駅

 1月2日(月)、街道歩きをした。京街道の前回は、淀川新橋のところで切り上げた。京阪香里園駅から淀川新大橋まで歩いて前回の地点に合流した。

京街道 第4回 香里園駅~枚方宿~枚方市駅
京阪香里園駅-淀川新大橋-光善寺-枚方大橋-枚方宿-枚方市駅


 橋から少し堤防を歩くと、すぐに茨田(まんだ)堤の碑があった。前回、橋の近くにあるというガイドブックを見て探したが、みつからなかったのは記述が間違っていた。日本書記に登場する日本で最初の堤である。

 堤防を降りる所を間違えて、少し早くに降りて国道1号線にでてしまった。しばらく歩いてから気づいたので、また堤防に戻った。この時にツグミとアオサギを見つけた。アオサギが地面をつついて、虫を採取しているようなのを初めてみた。

 堤防を下りて細い道を歩いた。自動車道を越えて、車のほとんど通らない裏道を歩いた。昔からの住宅街という雰囲気である。樹齢700年という大きな柿の木があった。角の広場に蓮如の腰掛け石があった。小さな石だが、蓮如はすぐ近くの光善寺の開祖とされる。

 光善寺のあたりは古い家並みが残っているが、すぐに自動車道にでる。住宅街を歩いて、枚方大橋の方へ行こうとしたが、堤防にでてしまった。少し戻って橋の南詰めにでた。ここから広い道を歩くと京阪本線にでたが、道を間違えたことに気づいて、橋まで戻った。

 裏道の狭い道を歩くと、枚方宿西見附の表示があった。この辺りは昔の宿などが何軒もある。その中で鍵屋は公開されていて、隣に鍵屋博物館がある。時間外で中は見学できなかった。博物館の隣のビルに喫茶店があった。シンプルなインテリアで、店主と話をしていた。

 三矢という地区に公園があり、本陣があった場所になる。やがて枚方市駅近くに枚方宿を説明するパネル、アーチなどがあって、枚方市が枚方宿をPRしたい気持ちが伝わってくる。枚方市駅から帰った。

茨田堤碑
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樹齢700年の柿の木
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蓮如の腰掛け石
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光善寺
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鍵屋
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枚方宿案内板
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by nori-126 | 2017-01-03 02:52 | 街道を歩く | Comments(0)

竜田越奈良街道 第3回 JR柏原駅〜JR三郷駅

 12月30日(金)、竜田越奈良街道を歩いた。前回の続きで、JR柏原駅からすぐ西で街道にでたが、ここから北に少し歩いて、柏原神社と寺田家と三田家をもう一度見た。街道を南に歩いていくと、静かな裏道で、柏原南口駅のところで大和川の堤防にでる。

竜田越奈良街道 第3回 JR柏原駅~JR三郷駅
JR柏原駅-柏原南口駅-国豊橋-河内堅下駅-峠八幡神社-JR三郷駅

 ここで川を渡って河内国分駅にでるルートもあるが、石川を渡るのに、かなり遠回りになる。大和川に沿って歩いて、国豊橋を渡った。橋の上から川の浅瀬にサギがたくさんいた。橋を渡ってすぐに細い道を歩いていく。同業のNSMRさんのオフィスの前を通って、坂道を登っていった。

 道を少し上がった所に国分神社があった。ここから国道25号線にでた。少し歩くと細い道を入って、大和川にかかる吊り橋を渡った。ジョウビタキの雄と雌がいた。同時に見るのは初めてである。

 車の通らないあぜ道のようなところを大和川とJRの線路に沿って歩いていく。車道にでると、河内堅上駅の前を過ぎる。少し登ると、峠という地区についた。そこに峠八幡神社があった。

 狭い車道を下っていくと、市街地にでてくる。大きな車道を歩いて、大和路線の三郷駅について今日はここまでとした。

柏原神社
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         三田家
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     国豊橋からサギ
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           長尾街道分岐 右奥が長尾街道 右手前から左に竜田越
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             大和川の吊り橋
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by nori-126 | 2016-12-31 14:41 | 街道を歩く | Comments(0)

紀州街道 第6回 忠岡駅〜岸和田城〜井原里(熊野街道合流)

 12月21日(水)、紀州街道を歩いた。南海忠岡駅から西に歩いて、前回歩いた街道に戻る。その角の小学校の塀の中に、石と木があって、一里塚跡の記念碑というが、案内の表示がなく、本で読んでいないと誰も知らないだろう。

紀州街道 第6回 忠岡駅〜岸和田城〜井原里(熊野街道合流)
南海忠岡駅-岸城神社-岸和田城-願泉寺-熊野街道合流-井原里駅

 車の少ない生活道路を真っ直ぐに歩いていく。古い町並みが残っていて、時代を感じさせる。道の脇に煉瓦の塀があって、岸和田煉瓦株式会社のあったことを記念したものである。説明のパネルがあって、かっては大規模な工場で、各地でその煉瓦が使われたことが書かれていた。

 北町の街道沿いに洋館があった。旧和泉銀行の建物で、金庫室まであって中を見せてくれた。設計は渡辺節で、紀州街道の起点に近いところにある綿業会館の設計者でもある。となりに岸和田を有名にしているだんじり会館がある。

 道をはずれて岸和田城の方へ歩いた。岸城神社にお参りして、お堀の周りを歩いて、岸和田城に入った。岸和田城の城主だった小出吉英は、私の故郷の出石藩の城主から岸和田城主になり、また出石城主になった。岸和田は同業のISZKさんの出身地であり、城のそばの岸和田高校の卒業生でもある。

 岸和田城の中に入ると、歴代の城主の遺品などが並べられている。最上階から庭のレイアウトが見られる。昭和28年に重森三玲によって策定された八陣の庭は、多くの石組みが立体的に配置されている。上からみると多角形の線がみられる。

 紀州街道に戻ろうとして、少し自動車道を歩いてから気づいて裏道に入った。中町というこの辺りの通りは、古い家並みが残っていて、風情のあるところである。蛸地蔵天性寺は、大蛸が岸和田城を守ったという言い伝えから蛸地蔵を祭っている。

 貝塚に入って、少し街道から離れたところに願泉寺がある。大きなお寺である。一向宗のお寺で、寺内町が栄えたとのことである。

 鶴原駅から少し南西に歩いていくと、日が暮れて真っ暗になった頃に熊野街道との合流地点にでた。紀州街道はここまでとして、後は熊野街道として和歌山まで歩くことにする。井原里駅まで歩いて帰った。

               岸和田煉瓦株式会社跡
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旧和泉銀行
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岸城神社
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岸和田城
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 岸和田城 八陣の庭
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蛸地蔵天性寺
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願泉寺
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by nori-126 | 2016-12-23 21:01 | 街道を歩く | Comments(0)

竜田越奈良街道 第3回 平野駅~柏原駅

 11月2日(水)、奈良街道を歩いた。JR平野駅から少し南に歩いて、前回の続きから歩き始めた。

竜田越奈良街道 第3回 JR平野駅~柏原駅
JR平野駅ー大念仏寺ー近畿自動車道ー大聖勝軍寺-山田家・寺田家ー柏原駅


 JR平野駅から少し南に歩いて、街道にでる。大念仏寺から細い裏道を東の方へ歩いていく。国道に並行する道で、少し昔の風情が残る。やがて国道25号にでて、国道に沿って歩いて行く。近畿自動車道を越えた所で、住宅街の裏道に入る。

 再び、国道にでてすぐのところに大聖勝軍寺がある。聖徳太子建立三太子の一つで、竹内街道の時に寄った、上の太子の叡福寺、中の太子の野中寺に対して、下の太子と呼ばれている。すぐ東で車がほとんど通らない住宅街の裏道に入る。道が複雑で少し迷いそうになる。

 再び国道にでて、車の多いにぎやかな道を歩いて行く。JR大和路線に沿って南東に歩いていく。志紀駅近くの大阪外環状線との交差のところに、碑と説明があった。大和川の付け替えで、干ばつに苦しんだ農民のために、新大和川から水を引いて処刑された西村市郎右衛門を顕彰するものである。

 少し行ったところで、国道を離れて細い道に入った。柏原神社の近くに、庄屋であった寺田家がある。さらに三田家という船問屋だった大きな屋敷がある。いずれも江戸時代の建物で、国登録文化財に指定されている。三田家は堀に接していて海運業に携わっていた。堀の横に柏原船ーふなだまり跡の碑がある。ここから南から少しそれた所が柏原駅で、ここまでとする。

大聖勝軍寺
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西村市郎右衛門顕彰碑
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柏原神社
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寺田家
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三田家
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柏原船 ふなだまり跡地
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by nori-126 | 2016-11-03 02:11 | 街道を歩く | Comments(0)

紀州街道 第4回 堺大小路~浜寺公園駅

 10月8日(土)、久し振りに街道歩きをした。前日の天気予報では雨となっていたが、いい天気で、日差しが強くて暑かった。前回の終点である堺大小路の交差点に行った。ここは竹内街道と紀州街道が交差する場所である。ここから、大通りを南に向かって歩いた。

紀州街道第4回 堺大小路~浜寺公園駅
堺大小路ー宿院ー御陵前ー船待神社-浜寺公園駅


 宿院交差点の北西に与謝野晶子の生家跡の碑がある。前に見たより大きくなっている。交差点の西のかって市立堺病院のあった跡地に利晶の杜という建物ができて、展示やお点前を手軽に楽しめるようになっている。観光案内所でもある。

 その東に利休生家跡がある。以前は空き地に井戸だけがあったのだが、今は門構えがあり、石碑がたっていて、中に入るとボランティアの人が説明をしていた。この辺りには、けし餅の店があり、南に歩くとかん袋がある。その向かいにはシャリ飯で有名なゲコ亭がある。

 御陵前の停留所は熊野街道と交差するところである。熊野街道は南に真っ直ぐ進むが、紀州街道は阪堺鉄道の西に斜めの細い道に入る。この辺りは、格子戸の家も残っている街道らしい道が続く。すぐのところに船待神社がある。阪堺電軌と南海本線の間の道は、歴史から取り残されたような風情がある。

 二つの線路が交差するあたりで、浜寺公園の北の端にでる。広い公園内には松の木がたくさん植えられている。かっては白砂青松の海岸線は埋め立てられて、運河に面している。公園を半分くらい南に歩いた所に、阪堺電気鉄道の阪堺線の終点である浜寺公園駅がある。すぐ東に南海本線浜寺公園駅がある。駅舎は辰野金吾の設計で、1907年に建てられたものだが、高架工事のために、工事中である。新しい駅に、何らかの形で保存されるようだが、囲いの外から写真を撮った。

利晶の杜 ↓
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千利休屋敷跡 ↓
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船待神社 ↓
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北畠顕家戦死の地 ↓
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浜寺公園の松 ↓
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阪堺電気鉄道 ↓
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浜寺公園駅 ↓
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by nori-126 | 2016-10-09 16:02 | 街道を歩く | Comments(0)

紀州街道 第1回 高麗橋~今宮戎神社

 3月23日(水)、午後から紀州街道を歩いた。紀州街道は、和歌山と大阪高麗橋を結ぶ道で、熊野街道と並行して海岸よりを通っている。参考文献は、「上方史蹟散策の会編 紀州街道」だが、ルートがはっきり書いてないので、webを参考にする。

紀州街道 第1回 高麗橋ー今宮戎神社
地下鉄北浜駅ー高麗橋ー少彦神社ー日本橋-今宮戎神社

Walk meterの記録

 北浜から少し東に行ったところが、今までに何度も来ている高麗橋である。明治時代の大阪の起点として、暗越奈良海道、熊野街道、京街道の起点として来た場所である。

 西へ歩いて、堺筋にでる。御堂筋が拡張されるまでは、メインストリートであり、三越や旧高島屋があったのもうなづける。

 南へ歩くと道修町に、旧小西儀助商店の明治36年建築の家がある。さらに南へ歩いて、生駒時計店の生駒ビル(昭和5年)が角にある。壁に彫刻をしてある。上の方に時計台がついている。

 日本橋に入ると景色が変わる。パソコンなどの店に外国人の客が多い。さらに道頓堀の方へ歩くと、観光客としての外国人が多い。道頓堀の東北の公園に安井道頓の大きな碑が立っている。

 黒門市場の西の筋を歩いていくと静かな住宅街になる。街道からすぐ西に廣田神社がある。魚のエイをアカエさんとして祭っているという説明版があった。このすぐ南までとして、少し西に歩いた今宮戎から帰った。

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 小西儀助商店 ↓
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by nori-126 | 2016-03-24 00:55 | 街道を歩く | Comments(0)

東高野街道 第8回(最終回) 滝谷不動駅~河内長野駅

 12月31日(木)、東高野街道を歩いた。昨日歩いた続きということで、近鉄滝谷不動駅から歩いたが、まず、滝谷不動尊にお参りした。東高野街道を8回に分けて、西高野街道の合流地点まで歩いたので、これで踏破したことになる。

 平成24年8月31日に西高野街道を歩き始めて、下高野、中高野、そして東高野街道と4つの高野街道を踏破することができた。有名な神社仏閣で初めてお参りしたものも多く、何よりも高野山へ初めてお参りできた。

東高野街道 第8回(最終回) 滝谷不動駅~滝谷不動尊~河内長野駅
近鉄滝谷不動駅(14:40)ー滝谷不動尊(15:05)-滝谷不動駅(15:35)-
錦織一里塚(15:50)-河内長野駅(16:40)

Walkmeterの記録

 滝谷不動駅から行ったことのない滝谷不動尊にお参りすることにした。東に歩いてすぐに石川を越えると、ここからゆるやかな坂道の参道となっている。旅館やホテルなどがあるが、土産物屋などはない。車が頻繁に通って、歩道がないところが多く、歩く人がほとんどない。石切りさんや野崎神社のような参道のにぎわいはない。

 峠のようになった所に、滝谷不動尊があった。歴史ある神社で、日本三大不動尊の一つとされている。お守りを買って、お参りして、少し高い所にある多宝塔まで上がった。来た道を戻り、駅から街道を歩きはじめる。静かな裏道を歩いて国道170号線にでた。歩道が狭くていきかう車に気をつかう。

d0097373_2221279.jpg 向かいに汐の宮温泉病院が見える辺りの国道沿いに、盛り土がされていて、ここが錦織一里塚の後である。一里塚は街道の両側に作られていたので、その片側が残っている。これだけのものでも残っているのは珍しい。印塔と石碑が建てられている。

 すぐに踏切を渡った所に、祠があった。孝子地蔵の案内板があるが、道しるべでもある。細い道を歩いて行くと、古い民家風のレストランがあった。家のそばに常夜燈がある。HPで見ると百年邑という名前で営業時間が限られているが、築130年の民家を改修したものという。

 国道の大きな交差点にでた。ここから右手の方へ行くと、西高野街道を歩いた時に祠のあった合流地点にでる。東高野と西高野の合流地点ははっきりしていなくて、今回は一度左に行って東のコースで河内長野駅前で合流するコースを取った。

 駅前には、東と西の高野街道の合流地点であることを示す碑が建っている。これで4つの高野街道を踏破できた。初芝の千寿の湯に入り、白ワインを飲んで一人でお祝いをした。

 滝谷不動尊 ↓
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 錦織一里塚 ↓
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 孝子地蔵 ↓
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 百年邑 常夜燈 ↓
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 西高野街道合流  ↓
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by nori-126 | 2015-12-31 20:57 | 街道を歩く | Comments(0)

東高野街道 第7回 喜志駅~寺内町~滝谷不動駅

 12月30日(水)、東高野街道を歩いた。雲ひとつないいい天気で、空気は冷たいが風がなくて、歩きやすかった。

 東高野街道 第7回 喜志駅ー寺内町ー滝谷不動駅
 近鉄南大阪線喜志駅(14:30)-寺内町(15:25)-川西駅(16:15)-滝谷不動駅(16:55)

Wlakmeterの記録

 近鉄喜志駅から東に歩いて、前回の続きである国道170号線を南に歩いていく。桜井の交差点から細い裏道に入る。車がすれ違うのがやっとという道で、静かである。わずかに少し古い家が残っている。玄関口に常夜灯のある家をみつけた。

 富田林駅近くの大きな通りを越えると、寺内町に入る。急に家並が江戸時代の格子の家となる。狭い道の両端にそんな家が続いているので、江戸時代にタイムスリップしかのようである。角の洋風の医院に、有形無形文化財のプレートがあった。

 寺内町は興正寺別院を中心とした宗教自治都市である。きちんとした区割りの中に、現在でも30戸もの町家が残っている。中でも旧杉山家住宅は、最古級の町家建築で、造り酒屋として広大な敷地を占めている。前にある観光センターと共に年末年始で見学できないのは残念だった。

 寺内町のはずれで東高野街道を示す道標があり、案内板があった。1751年に設置されたもので、町内では、くわえきせる、ひなわ無用と書かれており、防火に勤めたことがうかがわれる。

 富田林高校そばの自動車道から少しまた、細い道に入る。入るのを見逃して行き過ぎて戻った。自動車道をしばらく歩くと川西駅の北の高架をくぐる。すぐに住宅街の細い道に入った。国道309号線を越える辺りで、鳥の鳴き声がした。シジュウカラと少し大きい鳥はツグミだった。

 静かな道を歩いて行くと、町歩きの雰囲気がでる。やがて、滝谷不動駅近くには、大峰山参詣の碑や道標があって、簡単な案内板が立ててある。道標は電柱とゴミ箱のために、すべての面の字が読めないのは残念である。保存されているだけましということか?滝谷不動駅から帰った。

 玄関横の常夜燈 ↓
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 寺内町 有形重要文化財の医院  ↓
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 旧杉山家住宅 ↓
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 寺内町道標 ↓
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 葛城山と金剛山を望む ↓
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 滝谷不動駅近くの道標 ↓
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by nori-126 | 2015-12-31 00:57 | 街道を歩く | Comments(0)