感動を求めて、忙しすぎる「ひまつぶし」に追われている団塊世代の男の記録。
by nori-126
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1万人の第九 大阪8クラス レッスン始まる

 8月24日(日)、午前10時半から、「1万人の第九」の大阪8クラスのレッスンの第一回目があった。過去2回は、大阪Dクラスで初心者クラスだったが、今回、初めての経験者クラスで、どういうレッスンになるのかと楽しみだった。

 会場の梅田東学習ルーム体育館は、昨年の佐渡裕特別レッスンで来たことがある。過去2回の大阪倶楽部の雰囲気は望むべきもないが、会場を埋める大勢の経験者が響かせる声は、初心者クラスでは経験できないものだった。テノールパートの前から3分の2くらいのところに座った。

 指導の富岡健先生は日に焼けて、とても音楽家と思えぬ精悍な雰囲気で、時に分かりやすく、時にユーモアを交えて指導をされた。マイクを通さなくてもパート別練習では声が通る。

 発声練習のあと、はじめから通しで歌った。初心者クラスなら、「これでレッスン終わり長い間お疲れ様でした」という感じになるところである。

 Nの【631】Ihr sturztから
【631】Ihrの声の出しはじめに注意する
2分音符や、全音符でクレッシェンドする時は、その音符の頭でなく途中で強くすること
【636】duden のところでduで伸ばしてdenを強く歌うために直前で踏み込む
【639】Suchのはじめをにごらないように
【650】uberは声を出すのでなく、声を空気に乗せる感じ フスマをそっと開ける感じ

 Mの後半【595】の男性合唱
母音の流れをさえぎる子音はよくない
音符の頭だけを歌わないように
 
 Nに入る
【616】のlieberのberを強くしすぎない。
【623】のmus einは スを遅らせてアインと繋がるように

 2時間のレッスンはあっという間に終わった。初心者クラスでは聞いたことのなかった指導内容に新鮮な驚きがあった。「第九」の奥深さを再認識した。初心者クラスで同じような指導をされたら、難しいから止めたという人が続出するだろう。

 休み時間に、知り合いの「ゆかべりん」に会って話をした。他に知った顔が見当たらないので一人でも知っている人がいると心強い。
by nori-126 | 2008-08-24 18:27 | 1万人の第九 | Comments(8)

第35回近鉄囲碁まつり

d0097373_175568.jpg 8月15日(金)、第35回近鉄囲碁まつりに午後から行った。長年続いている催しで、身近に一流棋士をみる機会が少ない関西の囲碁ファンにとっては、うれしい催し物である。

第35回近鉄囲碁まつり
平成20年8月13日(水)~17日(日)
近鉄百貨店阿倍野店
主催 日本棋院 スポーツニッポン新聞社 

 
 近年、関西在住の棋士の活躍がめざましい。特に日本棋院関西総本部の井山裕太八段が、総本部で初めて名人への挑戦を、史上最年少で決めて、関西の囲碁愛好者にとって意気が揚がる夏である。

 今年は、羽根直樹本因坊、河野臨天元、梅沢由香里女流棋聖、NHK囲碁番組の聞き手をしている中島美絵子初段が出演し、日本棋院関西総本部から山田規三生九段、井山裕太八段が参加、さらに関西棋院から結城聡九段、今村俊也九段がゲスト出演と楽しみの多い企画となっている。

 15日(金)は辰巳琢郎さんがゲストで、トークもあったが、私は羽根直樹本因坊と井澤秋乃四段の公開対局を少しだけみた。解説が梅沢女流棋聖で、聞き手が辰巳琢郎さんだった。

 井山裕太八段の師匠である石井邦生九段をお見かけして話をした。石井先生には、長年、指導碁を打っていただいた。その石井先生が解説で、羽根本因坊と今村九段の公開対局が行われた。聞き手は水戸由香里三段で、石井先生のユーモアあふれる解説が会場を沸かせていた。

 プロの碁は、序盤や中盤まではなんとか分かった気になるが、石が詰まってきてからの攻め合いになると全く理解できない。終わったあとに、プロが石をすらすらと並べて石の攻め合いを解説するのをみると、そこまで読んでいるのかと、唖然とするだけである。プロ棋士は私達とは別のゲームをしているとしか思えない。
by nori-126 | 2008-08-15 22:01 | 囲碁 | Comments(0)

御嶽山 登山

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 8月14日(木)、御嶽山に登った。高い山に一人で登るのは、30年近く前に槍ヶ岳に登って以来で、3000mを越える山は、5年前に家族でバスで行った乗鞍岳以来7峰目である。

 今年の春に、金剛山、二上山、葛城山に登って、高い山にも登れるのではないかという自信が少しできた。以前から登ってみたいと考えていた御嶽山なら7合目に泊まれば、朝早く余裕をもって標高差900mを登るので、行けそうな気になった。

御嶽山登山(3067m) 
田の原(5:35)-八合目(6:55)-九合目(7:55)-王滝頂上(8:25)-
剣ヶ峰(9:00-9:35)-二の池(10::00)-黒沢口八合目(11:10)-
七合目(12:00)ー御岳ロープウエイ飯森駅
 

 前日に電車で木曽福島まで行き、バスで登山口の田の原に3時頃着いた。目の前の御嶽山は雲に隠れていたが、時にその姿をみせた。御嶽観光センターにチェックインして、30畳くらいの部屋に15人くらいが同宿する。小学3年生の男の子を連れた男性と話をした。風呂に入って、5時半に夕食となる。6時には消灯で、何もすることのない時間を過ごす感覚は、若い頃の山行きを思い出してなつかしい。

 14日は、5時に朝食のおにぎりを食べて、5時半に宿を出た。目の前の御嶽山は、もやに隠れていたが、日の出と共にその姿をみせた。丸太を組んだ整備された道は、歩きやすいが、蚊が頭のまわりに飛んでわずらわしい。8合目からは岩のごろごろした道になり、森林限界を超えるがもやに包まれて何も見えない。道は徐々に急になりきつい登りが続く。

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 九合目で、昨夜同宿した親子連れが降りてくるのに出会う。朝2時に出発して御来光を拝めたという。王滝頂上では、地獄谷から硫黄の匂いがするが視界が悪く何も見えない。剣ヶ峰に着いて写真を撮る。二の池の方に降りて、ほとりに着いたがもやに包まれて幻想的であった。

 当初は三の池にまわる予定にしていたが、景色が望めないので黒沢口登山道から下山した。歩きやすいコースで下山には適している。八合目で昨夜同宿した若い男性3人に会ったので話をした。三の池をめぐるコースを取ったが、途中雪渓のトラバースがあったとのことである。

 ロープウェイで降りたところにお花畑が作られていて、高山植物は時期が過ぎていたが、赤いそばの花(高峰ルビー)が一面にみられ珍しかった。20年程前にヒマラヤから持ち込まれて改良されたものらしい。

 天気が悪く視界が利かなかったので、いい写真は撮れなかった。花は登山道に沿ってさく「オンタデ」が白い花に赤い実が混ざっているのが印象的であった。「オンタデ」は御嶽に咲く「タデ」ということでその名がついたとされる。

 こうして、日本百名山15番目の登山は終わった。久しぶりの高い山への登山だったが、ある程度いけると自信がついた。次はどの山に行こうかと思いをめぐらす楽しみが何十年ぶりかに甦った。
  
  田の原から、朝日に照らされた御嶽山  ↓
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  二の池 ↓
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  オンタデ  雌雄異株で雌株の実が赤くなる ↓
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  黒沢口登山道から  ↓
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  ロープウェイ鹿ノ瀬駅お花畑の赤そば ↓
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by nori-126 | 2008-08-15 12:24 | 山歩き | Comments(2)

夏の花壇 2008年 8月

d0097373_22451816.jpg 職場の玄関の春の花壇を、7月に夏の花壇に植え替えた。日当たりが悪いが、昨年の経験から日々草を多く植えた。また、トレニアとカリブラコアを壁にぶら下げた。他に、四季咲きベゴニア、ペンタス、ルドベキアを並べて、華やかな花壇になった。


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by nori-126 | 2008-08-12 22:51 | 園芸 | Comments(0)

金剛山 ダイヤモンドトレール~頂上~六道の辻

 8月10日(日)、金剛山に登った。高い山に登る訓練としての山登りで、朝早く車で水越峠の駐車場にいった。

 金剛山登山 水越峠(7:20)ー(ダイヤモンドトレール)-一の鳥居(9:30)ー
         頂上(10:00~10:40)ー六道の辻ー水越峠(12:40)
 
 
 水越峠からダイヤモンドトレールをたどる。金剛の水という水場を過ぎて、カヤンボから丸太階段を上がる。スギやヒノキの植林がされた道をペースを調整しながら歩き、一ノ鳥居でダイヤモンドトレールと別れて頂上へいく。5月に登った葛城山がきれいに望めた。

 別のルートで水越峠に下りようとしたら道がわかりにくかった。まず、下り口がわからない。社務所横の案内板のない狭い道を抜けて、横道に入らないように歩いていくと、大日岳の表示がでてくる。分かれ道が多く、不安になって少し引き返しかけたら、男性に会った。その道で間違っていないということで、一緒に話をしながら六道の辻(標識がないので特定できなかったが)から太尾塞跡を経て、カヤンボでダイヤモンドトレールと合流した。

 急な坂はないが距離が長く、案内板がないので一人では不安になっただろうと思う。このルートを歩く人も何人かあったが、道を知らないととても歩けるものではない。迷わずに下山できたのは同行していただいた男性のおかげである。40歳から山歩きを始められたとのことで、経験者と奥穂高に登ったこともあるとのことだった。水越峠で別れた。

  大和葛城山を望む ↓
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  転法輪寺  ↓
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by nori-126 | 2008-08-10 18:27 | 山歩き | Comments(0)

永楽館 ~私のニュー・シネマ・パラダイス~ 兵庫県出石町 

 私の故郷である兵庫県出石町には、子どもの頃に2軒の映画館があった。そのうちの一つが永楽館で、昭和39年に閉鎖されたが、取り壊されることなく保存されていた。

 永楽館は、明治34年に開業して、歌舞伎や芝居に使われた。近畿に現存する最古の芝居小屋が、復原されることになり、今年の6月に昔の芝居小屋が甦った。
 
 小学生の時に外で遊んでいると、担任の先生が「映画を見に行こう」と永楽館に連れて行ってくれた。映画は、アクション映画(永楽館は日活系)で小学生には興味がもてなかったが、とにかく暑かったことだけを覚えている。

 お菓子のメーカーが宣伝のために、子どもたちを集めて歌を歌わせて景品をくれるという催し物があった。永楽館は、舞台があったのでそういう催し物に使われた。小学生の時に舞台で歌ったような記憶がある。それが本当に自分だったのかどうかははっきりしないが。

 永楽館杮落大歌舞伎が行われるので、8月3日、4年ぶりに一人で故郷を訪ねた。町外れのレストランで、名物の皿そばを食べた。町の中心にある駐車場に車を停めて、町を歩く。この駐車場は通った幼稚園があった場所である。通った小学校跡には役場が建っている。すぐ近くの辰鼓楼は通学路だった。

 城山に上がって見ると、町が一望できる。夏はセミや蝶を追いかけたり、沢蟹を探したところであり、冬は雪合戦をしたところである。場所ごとに何かをした記憶が甦る。すぐ近くに、白い陶磁で知られた出石焼の工場がある。小学校の同級生の親が働いていて、工場を見せてもらったことを思い出す。

 永楽館は、それほど大きな建物ではないが、中に入ると芝居小屋として建てられたのが分かる。1階は枡席で、狭いが昔の芝居小屋の雰囲気である。両側に町内の商店の看板がずらりと並んでいる。これは閉館当時に掲げられていたものを修復したものだが、中に私の父の店の看板もあった。こどもの頃に写真をとった写真館、本屋や呉服屋など、ほとんどの商店の名前を覚えている。現在でも半数は営業をしているという。看板をみせるために父を連れてきたかったが、長旅はしんどいというので、せめてもと写真を撮る。

 イタリア映画「ニューシネマパラダイス」では、主人公が過ごした映画館は、取り壊されてしまうが、私の思い出の映画館は復原されて甦った。状況は楽観できないが、永楽館が芝居小屋として今後も活躍することを祈りたい。

復原された永楽館 ↓
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町のシンボル辰鼓楼 ↓
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ライトアップされた櫓 ↓
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by nori-126 | 2008-08-04 23:27 | 歴史散歩 | Comments(0)

永楽館杮落大歌舞伎 兵庫県豊岡市出石町

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 8月3日、永楽館杮落大歌舞伎の第2部に行った。私の故郷である豊岡市出石町にある永楽館は、近畿に現存する最古の芝居小屋だが、その復原がなされ、その杮落公演が行われた。

 席は、1階の枡席で「に 12番」というのは、前から4列目で右の通路に面している。前の方の座席の一角には、京都の先斗町などから20名ほどの着物の芸妓さんたちが並び、ここは南座かと紛う雰囲気である。

永楽館杮落大歌舞伎 
2008年8月1日(金)-5日(火)
永楽館  兵庫県豊岡市出石町


1.操り三番叟 
 お祝い事に上演される演目で、操り人形になって三番叟を踊るという趣向である。初めに翁(秀太郎)と千歳(壱太郎)が登場して、交互に踊り、連舞となる。秀太郎の翁が、珍しい男役でしかもきりっとした面持ちで、今までにない秀太郎をみたようだった。壱太郎の踊りはさすがに慣れたもので安定感と若さがある。ちなみに3日のNHK教育「芸能花舞台」では、吾妻徳彌と親子で出演していた。

 三番叟の人形(愛之助)が木箱から引き出され、操り人形のように踊る。糸がもつれて動きがおかしくなると、人形遣いが切れた糸を繋ぎ合わせるという趣向がおもしろい。

2.口上
 秀太郎が見慣れた女形の格好であいさつをする。上方の歌舞伎俳優にとってゆかりの地であることを紹介し、慣れた口調で話をした。襲名披露の口上ではこんなに長く話すことはないので、休憩中にお客さんから話し方がうまいという声が聴かれた。

 続いて愛之助が、座頭として公演を行うことになった経緯を話し、壱太郎もあいさつをしたが、3人に共通した話題は「暑さ」であった。豊岡市は3日に38.5度と全国で一番暑く、永楽館の中も冷房が効きにくく暑かった。その中で、かさ張る着物を着て踊るというのは本当に暑いだろうと思われる。

 3.奴道成寺
 立役の踊りをみせるために「京鹿子娘道成寺」を元に作られたものである。「京鹿子娘道成寺」は、4回みたことがあるが、これは初めてである。所化の「舞いつくし」や「花四天」の「とうづくし」は娘道成寺にもみられるし、衣装なども似たものがある。舞台に吊り下げられたおなじみの鐘が、舞台が狭いので丸くなくてぺちゃんこの形をしていた。狭い花道や舞台を一杯に使う工夫がなされていた。

 道成寺の鐘供養の日に、隠された宝鏡を狙う者がいるということで、男子禁制となっている。そこへ白拍子花子(愛之助)がきて鐘を拝ませて欲しいという。舞いはじめるが、白拍子は実は男で狂言師という。袴姿で踊ると、所化たちも一緒におどる。

 そこへ秀太郎と壱太郎が坊さんの姿ででてきて踊る。番付には載ってないが、口上の時に役者総出演でお送りしますといった謎が解けた。突然、二人が手ぬぐいを客席に投げ始めたが、秀太郎の投げたのがすぐ横の通路に落ちたので拾い上げた。手ぬぐいを手に入れたのははじめての経験である。

 愛之助は「おかめ、客、ひょっとこ」の、三つの面を使い分けて踊る。面の早代わりとそれぞれの役での踊り分けが見せ所である。そこへ花四天が登場し、立ち回りとなる。目の前でトンボを切るのをみるのは迫力があった。最後に衣装の引き抜きで、赤い袴姿になり見得を切った。幕が閉まってから、拍手に応えてもう一度幕が開いてカーテンコールとなった。

秀太郎さんが投げた手ぬぐい  ↓
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by nori-126 | 2008-08-04 22:41 | 歌舞伎 | Comments(0)