感動を求めて、忙しすぎる「ひまつぶし」に追われている団塊世代の男の記録。
by nori-126
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1万人の第九 大阪Dクラス L.2

 8月25日(水)1万人の第九の大阪Dクラスの2回目のレッスンがあった。仕事の都合で遅刻したので、休憩後の後半だけに参加した。先週あいさつできなかったベテランのOTさん夫妻に再会した。子ども連れで参加している方が、私の職場近くの知り合いの方であいさつした。

 レッスンはEからGの前半までをパート別に歌いながら、2声、4声で合わせて行った。
 【291】aus は強いと出て行けという感じになるのでやわらかく
 【286】テノールはeine のミを高く 【289】のgeのファ♯ も同じ
 【261】alle は アレでなくアルレ
 【289】ソプラノ、テノールは konnt を息を通すためにオでなくアにする
 【313】ソプラノ レガートにする kusseの出だしが遅れないように
 【315】gepruft はひとつの単語である
 【317】流れるように切らないように
 【319】cherubよりGottを強く
 【313】gab はガプではなく、ガープ
 【316】Tod ; はコンマを意識する
 【313】テノール 細かい音をつなぐ時は母音を重視 sieの高い音をだすのにひざを曲げて歌う 口を開けるのに顎の関節を開けるように意識する
 【319】低いバスの人は低いund der をしっかり歌い、高いバスの人は高いCherubをしっかりと歌う 
 【313】アルトとバスは同じ音なので同じ音色で歌う
 【319】Cherub バスはアルトの動く音が聞こえるように歌う 

 初心者にとってはかなりレベルの高い注意点もあり、理解しにくいと思われる。発音に注意して、できるだけ楽譜に忠実に歌えるように努めるというのが基本である。

 レッスンの途中で、藤澤ノリマサさんがゲストで登場し、第九を日本語で歌われたが、プロの歌声というものは、話す声とは全く別人の声なのだと感心した。そして、それをビデオカメラで撮っていくカメラマンのプロの技に感動した。

 今日のレッスンに昨年までの指導者である磯野先生が来られていた。終わってから居酒屋で、磯野先生、加藤先生を中心にいつものメンバーと一緒に楽しく飲んで話した。
 
by nori-126 | 2010-08-27 21:29 | 1万人の第九 | Comments(0)

室生寺 奈良県宇陀市室生

 8月25日(水)午後から室生寺を訪ねた。前から一度訪ねてみたいと思っていたが、なかなか機会がなかった。特別拝観で、金堂内部の外陣から拝観できるというので訪れることにした。近鉄大阪線も榛原を過ぎるころから山深い風景になる。室生口大野駅に降りた時に、雨が降ってきた。

 駅前からバスにのり、渓流沿いの道を走って、室生寺前に着いた。両側に土産物屋や旅館が並ぶ道を傘をさしながら少し歩いて、赤い欄干の太鼓橋を渡ると、室生寺の境内に入る。杉の巨木があって、談山神社と似た雰囲気である。

 仁王門は、両脇に仁王像を納めており、仁王の青と赤の色が鮮やかだった。長い石段があり、上がったところに金堂(国宝)がある。団体さんがいたので、やり過ごしてさらに上の灌頂堂(鎌倉時代・国宝)にお参りする。中央の厨子に如意輪観音像が納められている。桧の一木造りで、観心寺や三井寺の如意輪観音像のような女性的な柔らかさよりも、少し力強さを感じさせる。観心寺、神咒寺(西宮甲山)と共に日本三大如意輪と呼ばれる。

 横の石段の上に、有名な五重塔が見える。雨の中でやや煙ったような感じがよかった。高さ16mで野外に建つ五重塔では最小だが、下からみると大きく見える。平安時代初頭の建立で朱が鮮やかである。周りにはしゃくなげの木が繁っていた。国宝の五重塔を見るのは、醍醐寺、法隆寺、興福寺、瑠璃光寺(山口市)に続いて5か所目である。国宝の五重塔は他に、羽黒山、東寺、海住山寺、明王院(福山市)にある。

 金堂に戻り、外陣に入って内陣の仏様を拝む。中央の御本尊は釈迦如来像(国宝)で、薬師如来、地蔵菩薩、文殊菩薩、そして国宝の十一面観音菩薩像が並んでいる。釈迦如来像は、赤い衣装をまとったお姿が珍しいが、仏画でみたことがあると思う。光背は皆、同じような形で、板に模様が描かれている。よくみる光背に比べると地味だが、落ち着いた気持ちにさせられる。像の前には一列に十二神将像が並んでいた。

 隣の弥勒堂には、中央に本尊の弥勒菩薩像があり、脇に客仏の釈迦如来坐像(国宝)が安置されている。

 雨が降って雷が鳴っていたが、雨が止むとヒグラシやツクツクボウシが鳴き始めた。傘をさすのが煩わしかったが、暑さは軽減された。シャクナゲの咲く時期に訪れてみたいと思っていたが、おそらく人が一杯だろう。静かに参拝できて幸いだった。霧が山を漂っていて、山水画をみるようであった。

    仁王門   ↓
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    石段の上に金堂   ↓
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    金堂   ↓
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    五重塔  ↓
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    太鼓橋  ↓
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by nori-126 | 2010-08-26 23:18 | 歴史散歩 奈良 | Comments(4)

西国三十三所 巡礼道に関する書籍の紹介

 西国三十三所を訪ねることをはじめてから1年半になる。札所を一か所ずつ訪れて、お参りしているが、本来は巡礼なので、各札所を歩いて訪れるものである。
 
 当初は、修験者が歩く厳しい道だったらしいが、江戸時代には一般の人が観光のために歩く道になった。東国から、お伊勢参りをした人々が、伊勢から那智へ、さらに和歌山から大阪、奈良、京都などを回って、時には回り道をして名所見物をしながら、近畿を一周して岐阜のほうから東へ帰っていった。巡礼曼荼羅という地図を「三井寺展」でみたことがある。

 巡礼道は、高石ともやさんが、2009年4月から11月までかけて、走って巡り、各札所で自作の巡礼歌奉納とコンサートをされたことで、脚光を浴びた。

 5月に10番札所岩間寺から11番札所石山寺まで歩いてみて、巡礼の道に興味を持った。NHKのテキスト「はじめての西国三十三所巡り」に、歩いて巡礼をするアリの会を主宰している第29番札所松尾寺名誉住職の松尾心空さんが紹介されている。「西国札所古道巡礼」(1992年初版 春秋社)には、数十人の団体で実際に歩かれた記録が、簡単な地図と共に載っている。ルートの案内というより、旅を共にする人々との交流が微笑ましい。

 加藤淳子著「街道を歩く 西国三十三所」(2003年 創元社)には、個人で何度も巡礼の道を探しながら調べて歩いた結果が詳しく記載され、二万五千分の一の地図に道が記されている。

 今年7月に森沢義信「西国三十三所道中の今と昔(上・下)」(ナカニシヤ出版)が発行された。江戸時代の西国巡礼の道中記を何十冊も調べて、江戸後期の巡礼道を実際に歩いて詳しく記載している。同時に発売された姉妹編の「西国三十三所道中案内地図(上・下)」は、大きな地図に道が示されていてわかりやすい。

 「道中の今と昔」には、伊勢神宮から一番札所の那智山までの道が示されている。無くなってしまった道や、渡しの跡も描かれている。複数のルートが示されている部分もある。また、巡礼道からはずれて、吉野、高野山、堺大阪を回る道も載っている。

 一例をあげると、粉河寺から施福寺までの道は、「古道巡礼」では三国山を行く尾根筋コースの檜原越(ひばらごえ)が示されていて、「街道を行く」では、滝畑を通る谷コースが示されている。「道中の今と昔」には両コースが載っていて、檜原越は、粉河寺からの順道で、谷コースは、高野巡りの道であることがわかる。「道中案内地図」は、巡礼道を歩きたいという人にとって決定版となる本であろう。「道中の今と昔」も一緒に4冊揃えると1万円近くするのが難点だが。

 かっての巡礼の道は、必ずしも決まった道だけではなかっただろうし、今は廃れて通行不能になっていたり、開発で取り壊された場所もある。上に示した3冊の本のルートは少しずつ異なるところもあるが、どれが正しいということは言えない。札所を一か所ずつ訪ねるだけでなく、札所から札所へ歩いてみることで、昔の人の想いをたどってみるのもいいものである。
by nori-126 | 2010-08-22 21:36 | 西国三十三所 | Comments(0)

一万人の第九 大阪Dクラス L.1

 8月18日(水)一万人の第九の大阪Dクラスのレッスンが始まった。5回目の参加で、4回目の大阪Dクラスである。淀屋橋から大阪倶楽部への道を歩きながら、今までに何度この道を通ったのだろうかと思う。しかし、今年の大阪Dクラスは今までと同じではない。第1回からずっと指導をしてこられた磯野先生が昨年で引退されて、指導者が変わった。

 受付で、出席カードをいただいた。ピアノ伴奏の辻本先生にあいさつをして、会場で、midoさん、まさぽん、バスのOYさん、テノールのWさんに再会した。ソプラノのYKさんは今年もお母さんと参加である。昨年、他のクラスになってしまったOEさん夫妻、Hさんも戻ってこられた。しかし、見渡してみても昨年の参加者で、今年も参加する人は多くないようである。

 テノールの最前列でmidoさんの隣に座った。毎日放送の担当者からあいさつと注意があり、新しい合唱指導の加藤先生が登場する。はじめて第九を歌う人という問いに、3割くらいの人が手を上げただろうか?
 
 最初にドイツ語の歌詞の発音を練習する。通しでコーラス部分のドイツ語を読んでいった。今まで聞いていた発音と少し違うところもあるが大きな差はない。語尾のr は発音をしないということだった。

 ちょっと変わった発声練習の後に、Freude の練習があった。バスしか歌わなかったので、練習が終わってから、先生に、ここはテノールも一緒に歌うことになっていますと言っておいた。最初のDの合唱を歌った。久しぶりなので声がでにくい。個人写真のカメラマンがおられて、写真を撮っていたが、最前列に座ったのは、ラッキーだった。何人かでポーズを取った。終わってから、Mで飲んで話をした。
by nori-126 | 2010-08-21 01:18 | 1万人の第九 | Comments(2)

西国三十三所(その13) 第5番札所 紫雲山葛井寺

 8月18日(水)西国三十三所第5番札所の葛井寺にお参りした。道明寺から40分ほど歩いて、南門から葛井寺に入った。広い境内には、鯉の泳ぐ池や藤棚などがある。駅の近くの街中に別天地のような静かな空間である。本堂に入ると、少し西日が入るだけの薄暗い感じで、落ち着いた気分になれた。

 西国三十三所霊場 第5番札所
 紫雲山 葛井寺
 大阪府藤井寺市藤井寺1-16-21
 真言宗御室派 
 本尊 十一面千手千眼観世音菩薩
 創建 神亀2年(725)

 御詠歌 参るより頼みをかくる葛井寺 花のうてなに紫の雲
 
 本堂の中央に国宝の十一面千手千面観音像が拝める。毎月18日にしか開帳されないが、時間が遅いためか参拝者はまばらである。千手観音像は、普通は40本の手で千本とすることが多い。葛井寺の観音様は、様々な品を持つ40本の手の他に、細い手が千本近くある。薄暗くて遠いので、細い手は面のようで、光背のように見えた。写真でみて、荒々しい印象を持っていたが、思っていたより小さくて、やさしいお顔だった。

 本堂の奥に、展示のスペースがあり、観音像の背面の写真や、書状などが展示されていた。ここに遣唐使の「井真成」の墓誌の拓本がある。「井真成」は、吉備真備や僧玄肪と唐に渡り、唐でなくなった。その墓誌がみつかり、日本名は不明ながら、「井」という姓から葛井氏すなわち、藤井寺の出身ではないかといわれている。今春の「大遣唐使展」では、墓誌が展示されていた。

 南大門をでたところに江戸時代の道標がある。「左・道明寺た津た/ほう里うし なら」「右・つぼさかよしの/はせ い勢」とかかれている。巡礼道は、第4番の施福寺から葛井寺に至り、ここから古市を経て竹内街道を通って長谷寺に向かっている。道明寺から葛井寺まで歩いた道は、巡礼道とは少し異なり、後半の一部だけが巡礼の歩いた道である。

    葛井寺 本堂   ↓
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by nori-126 | 2010-08-20 00:46 | 西国三十三所 | Comments(0)

道明寺~葛井寺  藤井寺市 

 8月18日(水)午後から、藤井寺に行った。毎月18日に秘仏が開帳される道明寺と葛井寺を訪れることにした。近鉄土師の里駅から5分くらい歩いたところに、道明寺がある。

 道明寺は、古墳の造営などに関わっていた土師氏により造営され、当初は土師寺と呼ばれていた。土師氏の子孫である菅原道真が、左遷される前に叔母の覚寿を道明寺に訪ねたという。「菅原伝授手習鑑」の「道明寺」はこれを題材にしている。道真公にちなんで、道明寺と呼ばれるようになった。明治の神仏分離で、隣接する道明寺天満宮と分かれて現在地に移された。

 土師は「はじ」と読むが、堺市には「はぜ」と読む地名がある。堺市も藤井寺市も古墳が多くあり、共通するところがある。

 本尊の十一面観音菩薩像は、菅原道真作と伝えられ、毎月18日25日に開帳される。境内に入ると、ほとんど人がいなくて静かだった。本堂に上がり、御本尊を拝む。すぐおそばで見ることができた。すらりとしたお姿で、やさしいお顔である。国宝の十一面観音像は、7体あるが、春の法華寺、先週の聖林寺に続いて3体目を拝むことができた。

 道明寺から葛井寺へ向かって歩いた。西へ歩くので、西日が当たり日陰がないので暑い。仲津媛陵の小高い丘を眺めながら歩き、古室山、大鳥塚といった小さい古墳の側を通る。仁徳天皇陵に次いで2番目に大きい応神天皇陵の側を過ぎて、仲哀天皇陵の手前で北に曲がる。

 やがて、アイセルシュラホールの特異な建物が見えてくる。古墳時代に巨石を運んだソリである「修羅」と「船形埴輪」をイメージしてデザインされている。歴史展示室は時間がなくて見られなかった。

 藤井寺市と羽曳野市にまたがる古市古墳群は、堺の百舌鳥古墳群と共に、世界遺産登録を目指している。歩きながら、次から次へと古墳が現れるのは、奈良平城京北の佐保・佐紀路に似た光景である。

 アイセルシュラホールを過ぎるとやがて葛井寺の南門が見えてくる。

道明寺本堂   ↓
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  アイセルシュラホール  ↓
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by nori-126 | 2010-08-19 02:32 | 歴史散歩 大阪 | Comments(0)

多武峰 談山神社 聖林寺 安倍文殊院

 8月14日(土)奈良の多武峰の神社仏閣を訪れた。お盆休みには、北アルプスの奥穂高岳に登る計画を立てていたが、台風4号の接近で中止した。

 代わりに山歩きをしようと、ダイヤモンドトレールを歩いてみることにした。以前から春か秋のいい季節に2回に分けて縦走する計画を立てていたが、暑い季節でも何とかなるのではと、思い切ってでかけた。
 
 6時30分に近鉄二上山駅から歩き始めたが、屯鶴峰の起点の石板がなかなか見つけられずに時間を費やした。屯鶴峰に上がる階段の入り口のすぐ右手に見つけたが、笹に隠れて見えにくい。二上山を登りはじめたが、汗が流れるし、風が全くない。すぐに息が上がってしまった。これでは無理と断念して二上山駅まで歩いて戻った。

 談山(たんざん)神社
 二上山駅から電車で桜井駅まで行き、バスで談山神社に行った。バスの駐車場からは遠くに山々の峰が望める。多武峰(とうのみね)とよばれる山深い場所である。この地で、中大兄王子と中臣鎌足が蘇我氏を打つ密談をしたというので、大化の改新の談合の地とされている。談山という名もそれに由来する。

 川の清流を渡ると、山の傾斜に石垣が組まれて、多くの建物が並んでいる。周りには杉の巨木もあって、うっそうとしている。本殿とそれに対する拝殿は、歴史が感じられる。拝殿には絵巻などの宝物が展示されていた。拝殿から外をみると谷が望める。モミジの木が多く、紅葉はさぞかし見事だろうと思われる。

 本殿の近くに高さ17mの十三重塔がある。各階は1mくらいしかないから詰まった形だが、桧皮ぶきの屋根の流れるような曲線の重なりは今までにみたことのない形で新鮮である。木造の十三重塔は世界で唯一とのことである。

 神廟拝所に納められている如意輪観音像は、毎年2か月間開帳されるが、8日までだったので、今日は拝めなかった。談山神社は、元はお寺でもあったが、明治の廃仏毀釈で、神社だけとなったので、十三重塔や観音菩薩像が残っている。

 歩いていると、セミの鳴く声が響いてくる。市街では、ジーーーというクマゼミの暑苦しい鳴き声しか聞こえないが、ここではミンミンゼミやヒグラシの鳴く声が聞こえる。子どもの頃に田舎で聞いたセミの声を久しぶりに聞いた。

 聖林寺(しょうりんじ)
 桜井行のバスに乗って途中で降り、少し山の方へ歩くと聖林寺がある。高台なので三輪山の全貌がきれいに望めた。狭い境内だが、本堂の本尊は子安延命地蔵菩薩で大きな石で造られている。脇持も地蔵で、少しユーモラスな感じを受けた。

 階段を上がったところにある観音堂に、国宝の十一面観音菩薩が安置されている。元は、大神神社の神宮寺である大御輪寺に伝わるものだったが、明治の廃仏毀釈で聖林寺に移されたものである。ガラス越しにみるお姿は、博物館に展示されている美術品のようである。760年代に作られたもので、細い腰のラインや少し腰を前に傾けた姿勢に趣きがある。お顔は少し威厳のある印象を受けるが、金箔が一部剥がれていることが影響しているのだろうか?

 安倍文殊院 
 聖林寺から桜井駅の方へ50分歩いて、安倍文殊院に着いた。葬礼をせず、墓地を持たないで、祈祷だけで維持されている寺院なので、境内には多くの祈祷所がある。池には鮮やかな色の浮御堂があった。

 本尊の文殊師利菩薩像は、獅子の上に座った高さ7mもの像である。胎内の銘から1203年の快慶の作と判明した。銘には、大阪狭山池の改修に尽くした重源の名もあるという。現在修復中で、獅子の前に降ろされている。今までにも修復で降ろされることがあっても公開されることはなかった。右手に剣を持ち、左手に蓮華をもった姿は勇ましい。やや目を細めて、目じりの少し上がった顔つきは慈悲というよりも力強く導いてくれるという安らぎを覚える。周囲に唯磨居士などの像があって、雲海を渡る一行の姿を再現している。

 大和十三佛めぐりというのがある。朱印はいただいていないが、長岳寺、金剛山寺(矢田寺)、新薬師寺、西大寺に続いて、安倍文殊院が5か所目のお参りとなった。

 ここから歩いて桜井駅まで戻った。今日の歩数は3万歩であった。桜井駅の案内所でもらったパンフレットには、古道紀行のひとつとして、多武峰街道が紹介されているが、歩道のないところもあって、車が通ると恐い思いをする。聖林寺から白い線で区切られただけの歩道を歩いた。

 縦走をするつもりでカメラを持っていかなかったので、最近買った携帯で写真を撮った。ズームにできることを知らずに、標準だけで撮ったので、写真は広角になってしまった。


   談山神社   ↓
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   談山神社 十三重塔  ↓
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   聖林寺山門 奥に石の十三重塔が見える  ↓
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   安倍文殊院山門   ↓ 
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   安倍文殊院浮御堂  ↓
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by nori-126 | 2010-08-14 20:47 | 歴史散歩 奈良 | Comments(0)

大阪府立狭山池博物館

 8月4日(水)、大阪狭山池に行ったあとで、池のほとりにある大阪府立狭山池博物館を訪れた。狭山池には何回か行ったが、いつも閉館時間が過ぎていたので、初めての入館である。

 安藤忠雄の設計になる建物は、広い敷地に余裕を持って建てられている。打ち放しのコンクリートからなる壁は、無機質な感じを与えるが、中庭には水が張られて、滝のように上から水が落ちてくる。

 吹き抜けになった博物館の中央には、狭山池の高さ約15m、幅約60mの堤の断面を展示している。飛鳥時代からの改修の跡を断面図で示している。

 奈良時代の改修では、行基が活躍したことを展示している。行基は、昆陽池、堺の土塔、久米田池などを手がけており、ため池の近くには管理のための寺を建てた。

 鎌倉時代には、東大寺の再建をした重源が改修をした。重源は古墳の石棺を使って、丈夫な樋を作った。重源の坐像が展示されている。歌舞伎の「勧進帳」にでてくる勧進は、重源が全国各地で行った勧進のことである。

 17世紀初めには、豊臣秀頼の命で、片桐且元が改修を行った。堤の基礎を補強する木組が展示されている。大正・昭和の改修でつくられた取水塔を、現地から移築して展示している。土木事業の展示なので、地味であるが、アニメを使ったビデオがあったり、模型を使って楽しく見せるように工夫されている。

   大阪府立狭山池博物館の全景   ↓
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  水が流れる中庭  ↓
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by nori-126 | 2010-08-05 22:15 | 歴史散歩 大阪 | Comments(2)

大阪狭山池 アオアシシギ

 8月4日(水)、昼から大阪狭山池に行った。お盆に山に行くのに、少しでも歩く訓練をしておこうと思ったのである。駅から池の方へ歩いていくと、とにかく暑い。冷房になれた体にはこたえる。

 池の堤にでて、南の方へ歩いて行った。カワウやシラサギがいたが、それ以外にはほとんど鳥をみかけなかった。ところが、南の端の河口のところには、多くの鳥がいた。バンが枯れ枝を集めた作った巣に入ったり、カイツブリの親子が泳いだり、ケリが何羽もいた。ケリが揃って飛び立った時は、羽根の黒い模様がきれいだった。

 セグロセキレイが、灰色の羽根のセキレイらしい鳥を追いかけていたが、これはハクセキレイの幼鳥のように見えた。追いかけていたというより、牽制しているようでもあった。

d0097373_2117487.jpg 川の浅瀬に、くちばしの長い鳥がえさを探して歩き回っていた。前に、キアシシギを初めてみたところであるが、少し感じが違う。図鑑で調べてみると、アオアシシギと思われた。頭から首にかけて、斑点が多く、背中に黒い部分がある。くちばしが少し上に反っているようにみえる。地味なキアシシギに比べて、少し派手さがある。







 他にはシロチドリ、アオサギ、カワウ、ダイサギ、コサギがいた。

  ケリの飛翔   ↓
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by nori-126 | 2010-08-04 23:21 | 自然観察 花・鳥・昆虫 | Comments(2)

大阪男声合唱団定期演奏会 ドーンセンター

 7月31日(土)大阪男声合唱団の定期演奏会を聴きにいった。大阪大学男声合唱団のOBで結成された大阪男声合唱団は長い歴史を持つが、10年前から定期演奏会を続けておられ、東京や瀬戸市でも演奏会が行われている。

 合唱団の一員であるかっての恩師からチケットをいただいた。3年前にもお誘いいただいて、はじめて聴いた男声合唱の良さに魅せられた。

 第10回大阪男声合唱団 定期演奏会
 2010年7月31日(土)14時
 ドーンセンター 大阪市天満橋
 指揮:三木秀信 甲和伸樹 萩原寛明 青山令道 ピアノ:武知朋子

 Ⅰ「山田耕作作品集」より 増田順平 編曲
   あわて床屋 砂山 すかんぽの咲くころ かやの木山の 待ちぼうけ
 
 アカペラでの合唱で、知っている曲がほとんどなので、編曲の妙を楽しむ余裕があった。あわて床屋や待ちぼうけはコミカルな感じもあり、観客から笑いが漏れた。

 Ⅱ「The student prince(学生王子)」
   黄金の日々 乾杯の歌 こころの奥底深くで 学生生活 セレナーデ 学生行進歌

 戯曲「アルト・ハイデルベルグ」をもとにしたオペレッタ形式のミュージカルで、男声合唱は学生が声を揃えて肩組んで歌っているかのような雰囲気を味わえた。「黄金の日々」の冒頭は有名な学生歌で、ブラームスの「大学祝典序曲」でも使われている。

 ピアノの武知さんは白いドレスに黒のラインの入った服装で、ドイツのビアホールの民族衣装の女性のようだった。最後の曲の、力強く盛り上がったフィナーレでは、身の震えさえ覚えた。

 Ⅲ男声合唱組曲「方舟」大岡信作詞 木下牧子作曲

 大岡信の16歳から20歳頃の詩に大学院生だった木下牧子が作曲したものである。曲が現代的で変化があり、新鮮な印象だった。流れるようなメロディよりも歌詞が生きるようである。こういう歌は、また違った難しさがあると思う。

 Ⅳヨハン・シュトラウス・ウインナワルツ集
   「美しく青きドナウ」「新しいウィーン」
 
 「美しき青きドナウ」は毎年歌われている定番の曲である。ドイツ語で力強いワルツが歌われた。男声合唱ならではの醍醐味である。「美しき青きドナウ」のピアノによる前奏が美しく流れるようであった。

 日本の伝統的な曲、ドイツの楽曲、ミュージカル、現代曲とバランスのいい、男声合唱のいろいろな可能性が楽しめた。合唱団にプロの声楽家が参加しており、ソロを歌われたが、さすがに声がよく通る。アンコールでの「斎太郎節」でのソロでは、場内全体に声が響き渡った。
by nori-126 | 2010-08-01 12:39 | クラシック音楽 | Comments(0)