感動を求めて、忙しすぎる「ひまつぶし」に追われている団塊世代の男の記録。
by nori-126
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CD Alessandro Safina「Sognami」

d0097373_22155815.jpg Alessandro safinaの名前を初めて知ったのは、サラ・ブライトマンのCD「Symphony」で「Sarai Qui 」をデュエットしているのを聴いた時である。いい声だとは思ったが、それほど印象に残ったわけではなかった。

 2009年2月にサラ・ブライトマンの「ワールドシンフォニーツァ-」では、「Canto Della Terra」を歌いはじめたサラ・ブライトマンに続いて、舞台の上手から突然姿を現したサフィーナが歌いだした。その声の響きと容姿に感動を覚えた。続いて、「オペラ座の怪人」と「Sarai Qui」でもデュエットをした。ツアーにサフィーナが同行したことは本当にうれしかった。

 ツアーに先だって収録されたサラ・ブライトマンのウイーンのシュテファン大寺院でのコンサートのDVD「Symphony Live in Vienna」では、サフィーナは、「Canto Della Terra」「Sarai Qui」でデュエットをしている。

 サフィーナのことを調べてみると、映画「ムーラン・ルージュ」でユアン・マクレガーが「your song」を歌う場面のバックに参加している。2002年のチャリティでは、「your song」をエルトンジョンとデュエットした。youtubeでみることができる。

 また、韓国のTVドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」では「何茫然(ハマンヨン)」という挿入曲を歌っているらしい。

 サフィーナの声に魅せられて、彼のCDが発売されていないかと調べてみると、海外盤で2007年に発売されたCDがあったので、amazonで購入した。輸入版なので、曲の説明はないが、カバー曲がほとんどのようである。聴いたことがあるのは、6のシャルルアズナブールと8のジョンデンバーの曲である。

CD 「Sognami」Alessandro safina 2007年

1. Sognami [Dream of Me]
2. I Sussurri del Mare
3. Regresa a Mi
4. Venezia al Tramonto
5. Ci Vorrebbe il Mare
6. Tous Les Visages de l'Amour
シャルル・アズナブールの「忘れじのおもかげ She」 映画「ノッティングヒルの恋人」の主題歌にも使われた
7. Non Avendo Te [I Miss You So]
8. Annie's Song  
ジョンデンバーの「緑の風のアニー」
9. Gli Amori
トト・クトゥーニョの1990年サンレモ音楽祭2位入賞曲
10. Saremo Musica
11. Hoy Quisiera Cantarte
12. Planando Su Te
13. Bile' Bile' (Di Te E di Me) - Sezen Aksu, Alessandro Safina
14. Anima Mia Lontana
15. Life Goes On [*] - Petra Berger, Alessandro Safina
by nori-126 | 2011-06-28 22:38 | ポピュラー音楽 | Comments(0)

なにわなんでも大阪検定 予想問題 大阪城

 「なにわなんでも大阪検定」の今年のテーマは「探検!大阪城」と「大阪の鉄道」である。大阪城については現地を見ることが参考になると書かれているので、先日、大阪城をぐるりと回って見た。そこで見たことから予想問題を作ってみた。

1.明治20年に作られた門でありながら、国の重要文化財に指定されているのは
2.江戸時代に造られたが、大規模な修復がされたために国の重要文化財の指定を受けていない櫓は
3.現在残っている建築物で一番古い時期に建てられた2か所の櫓の名は、またその工事責任者は誰か
4.櫓の内で、一階と2階の広さが同じものは
5.焔硝蔵を形造る石の種類は何か
6.玉造口から森の宮駅方面へと向かう道路の脇にある「城中焼亡埋骨墳」という碑はどの戦争の犠牲者を祭ったものか
7.多聞櫓の名前の元になった多聞城を築いた戦国の武将の名は
8.青屋門の名前の元になった青屋町は何を扱っていた町か
9.青屋門の外側にあったとされる押し出し引き入れ自由なタイプの橋を何というか
10.日本庭園のある場所には明治になって御殿が建てられた。どこから移築された建物が使われていたか
11.本丸にある大阪万博を記念して埋められたタイムカプセル2個の内、下部のカプセルは何年後に開封されることになっているか
12.玉造口内側にあった大阪城番の建物が明治維新で焼失した後、どんな建物が建てられたか
13.玉造門近くの南外堀に浮かぶ円形のものは何か
14.大阪城はほとんどが国有地だが、大阪市の所有地は
15.町人が自由に出入りして市が開かれた市多聞があった桝形の名は
by nori-126 | 2011-06-25 21:15 | 歴史散歩 大阪 | Comments(0)

なにわなんでも大阪検定 

 地域限定の「検定」が流行したことがあり、2年前に「なにわなんでも大阪検定」の第1回が実施された。大阪市長が受けたなどと話題になったが、それほど興味がなかった。

 今年になってふと思いついて、今までの大阪や堺の歴史についての知識を試してみようかと、第3回の2級を受けてみることにした。昨年までの試験内容をみると、歴史的なことばかりではなく、大阪の言葉や生活などが出題されている。芸能については、歌舞伎や文楽の知識は役に立つ。今年は7月10日(日)に、職場近くの大阪府立大学を会場として行われる。

 検定は1、2、3級とあり、1級は2級合格者しか受験できない。2級は通常問題が75問程度、今年のテーマ(今回は「探検!大阪城」と「大阪の鉄道」)から20問程度、御当地問題として5地域から選択で5問程度となっている。70点以上で合格である。

 第1回の合格率は3級が97.8%、2級が71.4%だったが、第2回は合格点があがったこともあり、3級が56.9%、2級17.3%、1級が1.8%と難しくなった。70%も通る試験なら落ちると格好悪いからこっそり受けるのだが、17%しか受からないなら落ちても仕方ないと受ける前にブログ記事にしてみた。

 昨年の第2回の問題集が発売されているので、やってみた。3級は78点で、合格点60点をクリアした。2級は71点でぎりぎり合格点を越えていた。昨年のテーマである「堺」が10点満点だったが、「食の都大阪」は10問中4問しか答えられなかった。

 学生時代には何度も試験を受けたし、国家試験も受けて資格を持っているが、社会人になると試験を受けることはめったにない。前回受けた試験は約30年前の英語検定である。ふと思いついて初めて受けたのが無謀にも1級であった。一次の筆記試験は合格したが、面接は落ちた。あと2回面接が受けられたが、取らないといけない資格ではないので、止めた。

 その後は、専門学校の非常勤講師として30年近く試験問題を作ってきた。試験というのは受けるよりも作る方が大変である。


 
by nori-126 | 2011-06-25 21:13 | 歴史散歩 大阪 | Comments(2)

六月大歌舞伎 新橋演舞場 夜の部

 6月19日(日)東京での会議の後に、新橋演舞場での六月大歌舞伎の夜の部を見に行った。新橋演舞場は昨年9月の「秀山祭」以来である。今月は吉右衛門と仁左衛門が出演しており、昼の部は吉右衛門の石切梶原、仁左衛門が孫の千之助と連獅子を踊るのが話題だが、夜の部は夏祭浪花鑑で共演するとあって、ぜひ見てみたかった。席は1階12列14番だった。

 一.吹雪峠 
 宇野信夫作の新作歌舞伎である。幕が開くと吹雪の中を助蔵(愛之助)とおえん(孝太郎)がやっとの思いで一軒屋にたどり着く。回り舞台をうまく使って、二人が家に近づいていくように見せる。そこへ直吉(染五郎)がやってくるが、助蔵は直吉の女房だったおえんと駆け落ちをしていた。直吉に吹雪の中に出て行ってくれといわれた二人は命乞いをする。

 短い一幕ものだが、展開がおもしろい。染五郎の侠客の姿が男らしくて決まっている。愛之助は、追いつめられた人間の弱さをうまく表現して、孝太郎と息のあったところをみせる。若手の3人で締まった舞台が見られて満足した。

 二.夏祭浪花鑑
 4年前の浪花花形歌舞伎でみたことがある。その時は愛之助、孝太郎、翫雀らの出演であったが、ストーリーを追うのに精一杯で演技を見る余裕がなかった。昨年の10月に文楽でもみたので、今回は余裕を持ってみることができた。大阪を舞台にした見どころの多い演目である。

 住吉鳥居前 
 牢からでる団七(吉右衛門)を迎えに来た釣船三婦(歌六)が住吉鳥居前で、幾之丞(錦之助)を駕籠屋から助ける。吉右衛門がみすぼらしい姿で登場するので、笑いが起こった。昼の部の石切にでてくる剣菱呑助と同じ格好である。それが、床屋から現われる時は、すっきりとした男ぶりでこの対比がおもしろい。

 歌六が侠客の潔さをみせていつもと違うイメージである。どんな役でもこなせるものだと感心する。錦之助はいつもと違って、少しなよなよとした感じである。幾之丞は頼りないところはあるが、侍なのでもう少し威厳があってもいいと思うが。

 団七と一寸徳兵衛(仁左衛門)が立ち回りをするが、女房お梶(芝雀)が割って入る。きりっとした仲裁が心地よい。二人は互いに着物の袖を交換して義兄弟の契りを交わす。

 難波三婦内
 磯之丞を徳兵衛女房お辰(福助)に預けることになる。福助が艶やかな美貌と色気を見せた。後半はやや軽さが気になったが。団七の舅義平次(段四郎)が幾之丞の恋人琴浦(孝太郎)を駕籠で連れだすのに、花道から入って来て出て行くまで、編み笠で全く顔を見せない。 
 この後、花道から藍色と柿色の格子柄の浴衣を着た仁左衛門と吉右衛門が歌六を間にして笑いながら入ってくる姿が何ともいえず粋である。これを見たいがために新橋演舞場に足を運んだのである。大きな升目で縦と横の縞が同じ色の格子柄は「弁慶格子」といい、「三笠山御殿」の鱶七や「すし屋」のいがみの権太が着ている。「勧進帳」の弁慶は細い縞が入れ込んである「翁格子」という格子柄である。

 長町裏
 義平次を追いかけて暗い裏道に来た団七は、金があるとだまして琴浦を逃す。だまされたと知った義平次とのいい争いから団七が義平次を殺してしまう。こわもての印象のある段四郎が強欲で貧相な親父を演じて秀逸である。歌六とは逆の役回りで芸の幅の広さに感心した。

 やりとりの終始に祭り囃子が響く。塀越しに通過する神輿が、薄っぺらくて暗い色で目立たない。大阪でみた時は、火入りの提灯をいくつか並べたもので、華やかな感じが殺しという陰湿さと対照的だったのだが。お囃子も東京と関西では異なるようだ。義平次は泥で汚れて、団七は井戸の本水を3回浴びて身を清める。

 三.色彩間苅豆 かさね
 やはり4年前の花形歌舞伎で、愛之助と孝太郎でみたが、内容を全く覚えていない。1時間の踊りであるが、ストーリーがあって飽きさせない。かさねのけなげさや怨念の怖さというものを表現するのに時蔵はぴったりである。染五郎の踊りを見ることは余りないが、形が決まっている。人を殺す悪役には徹しきれないきらいがあるが。

 8時55分に終わったので、余裕を持って最終ののぞみで大阪に帰った。時間が遅くなると最後の舞台を見ないで帰る人もあって、もったいないと思う。      
by nori-126 | 2011-06-21 02:16 | 歌舞伎 | Comments(2)

ワシントン ナショナル・ギャラリー展 国立新美術館

d0097373_353511.jpg 6月19日(日)東京で会議があり、終わってから国立新美術館のワシントンナショナルギャラリー展を見に行った。

 30年前にワシントンに留学中の知人を訪ねて、3泊させてもらったことがある。その時に、ワシントン中心部の国会議事堂やホワイトハウスなどを見学して、ワシントンナショナルギャラリーを訪れた。モネやルノワールなどの印象派の作品が多く展示されていたのを覚えている。

 乃木坂の駅からすぐのところに国立新美術館がある。1年前にオルセ-美術館展で訪れて以来2度目だが、今回は混んでなくて待ち時間なしで入場できた。まだ、はじまったばかりだからだろう。

 ワシントンナショナル・ギャラリー展
 2011年6月8日(水)-9月5日(月)
 国立新美術館

 
 1.印象派登場まで
 19世紀後半にパリ郊外のバルビゾン村で絵画の制作をした「バルビゾン派」のコロー、デュプレの作品、「写実主義」のクールベの作品、マネの作品を並べている。クールベの「ルー川の洞窟」のリアルな岩の絵が印象に残った。

 2.印象派
 1874年のグループ展である批評家がモネの「印象、日の出」を引き合いに酷評したことが印象派の名前の由来になった。ピサロの田園風景、ドガの踊り子、モネの日傘の女性や蓮池、ルノワールのアンリオ夫人などどこかでみたことがあるというなつかしい思いのする印象派の絵が並べられている。ホールの真ん中にある長椅子に座って、全体を眺めていると外国の有名な美術館にいるような雰囲気になる。

 3.紙の上の印象派
 素描や水彩、パステルの作品や版画が並べられている。油彩の鮮やかさはないが、素描であっても印象派の特徴が現われている。

 4.ポスト印象派以降
 セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホ、スーラ、ロートレックの作品が並べられている。ゴッホの自画像は何点かあるうちの一つである。スーラの点描2点も身近でみられるのはうれしい。

 素描や版画などを除くと60点足らずと数は物足りないが、名前を聞いたことのある画家の特徴ある作品が出品されている。常設展示から9点が来日しているというから、30年前に現地でみたものがあるかもしれない。当時の小冊子には、ポスターに採用されているマネの「鉄道」が紹介されている。フェルメールを所有しているはずだが、それをみたかどうかもよく覚えていない。
by nori-126 | 2011-06-21 02:15 | 美術展 | Comments(0)

大阪城 歴史散歩 その4 二の丸~玉造口~大手口

 6月15日(水)大阪城歴史散歩の続きである。

 青屋門から山里丸を戻って本丸から桜門をでて、二の丸の豊国神社にでる。豊国神社は豊臣秀吉を祀るが、元々は中之島の中央公会堂さらに大阪市役所のところにあった。市役所を建てるからと大阪市が国から現在の用地を買って移したもので、境内は神社の所有地となっている。

d0097373_2213146.jpg 豊国神社の東に一番櫓がある。一番から七番までの櫓の内、六番と共に残って重要文化財に指定されている。写真は玉造門の南から南堀越しにみた一番櫓である。






d0097373_2242477.jpg 一番櫓から北へ向かうと左手に内堀が見える。ここの石垣は日本一の高さを誇る。かってはこの石垣の上に三層の櫓が連なっていた。水堀との境界近くの空堀に石組がある。内部がかがんで歩ける通路になっているが、謎の石組みと呼ばれ用途はわかっていない。


d0097373_222179.jpg 梅林の手前に「南無阿弥陀仏」という六字名号の石碑がある。この字は蓮如上人自筆の名号から取っている。






 東に向かうと玉造口になる。ここにも桝形があって多聞櫓があったが、戊辰戦争で焼失し、玉造門も移されてしまった。石垣も破壊されて桝形の形をとどめていない。

 玉造門から南へ行くと、南外堀越しに一番櫓が良く見える。ここから南外堀沿いに西に歩いていくと、教育塔がある。戦前の室戸台風で犠牲になった教育関係者や児童を慰霊するために建てられた。出発地点の大手口近くのレストハウスに戻った。

 大阪城の中を巡るロードトレインがある。青屋ルートは大阪城公園駅前から青屋門前までで、城南ルートは大手門から桜門までである。一回の乗車料は大人が200円である。

 まとめとして大阪城にある国指定の重要文化財は13で、次のとおりである。大手門、塀 3棟(大手門南方、大手門北方、多聞櫓北方)、多聞櫓、千貫櫓、乾櫓、一番櫓、六番櫓、焔硝蔵、金蔵、金明水井戸屋形、桜門
by nori-126 | 2011-06-17 22:50 | 歴史散歩 大阪 | Comments(0)

大阪城 歴史散歩 その3 天守閣~山里丸

 6月15日(水)大阪城歴史散歩の続きである。

d0097373_0435397.jpg いよいよ天守閣にあがる。天守閣に上がるのは、子どもが小さい頃に連れてきたことがあるので、15年ぶりくらいだろうか?600円を払って階段をあがると、金明水井戸屋形がある。江戸初期に建てられたもので重要文化財である。



 天守閣のエレベーターで白人の男性と日系人の女性のペアに会ったので、英語で大阪城の説明をした。エレベータを降りて階段で8階の展望台にでた。大阪市内が望めて、広い城内も一望の元である。日系人の女性はトロント生まれで串本に住むおじいさんを訪ねてきたという。階段を下りて大阪城についての展示を見て歩いた。

 天守閣を下りて、北から山里丸に下りた。山里丸は山里の閑静な風情を楽しむ空間として、秀吉の命を受けた千利休が造営したものである。刻印石広場には、石垣を造営した藩の刻印が残る石が集められている。

d0097373_0441575.jpg 山里丸の一角に「豊臣秀頼・淀殿ら自刃の地」という石碑がある。平成9年に建てられたものである。大阪夏の陣で秀頼、淀殿らは山里丸の倉で自害したというが、いろいろと説があり真実はわからない。



d0097373_0443954.jpg 山里丸から本丸に入る門のすぐ左に帯状の隠し曲輪がある。ここに隠れて横から攻撃を加えようというのである。ここでは石垣の刻印が身近にみられる。石垣の中央あたりに、左と右上が大洲藩加藤家の「丸に十字」で、右下に綾部藩の小出家の漢字の二と八の紋がある。小出家は私の故郷の出石藩の藩主でもあり、小学生の頃から名前を聞いている。

 「大阪城ふしぎ発見ウオーク」には、小出家の刻印が二八というのは、出石がそばで有名で、「二八そば」というから二八になったのかとジョークとして書かれている。ちなみに「二八そば」の語源は「値段が二八・十六文」「そば粉とつなぎが2:8」と意見が分かれているが、確定はされていない。

d0097373_045427.jpg 山里丸から二の丸に渡る橋が極楽橋で、本願寺の御堂へ向かう橋として名付けられたのが、後に引き継がれたものとされる。





d0097373_0455838.jpg 極楽橋から南へ行くと京橋口に至る。ここには城内で2番目に大きい肥後石がある。加藤清正が据えたというので肥後石と呼ばれるが、実際は岡山藩主池田家の担当であった。肥後石は修復時に薄い板状であるとわかった。大阪城の巨石は薄い板状で、普通の石は奥行きの方が2-3倍あるという。

d0097373_0462283.jpg 極楽橋から東に青屋口がある。青屋とは染物屋のことで、本願寺時代の寺内町のひとつとして青屋町の名がある。青屋門の多聞櫓は、明治維新で半壊状態になり復元されたので、重要文化財の指定を受けていない。
by nori-126 | 2011-06-17 22:48 | 歴史散歩 大阪 | Comments(2)

大阪城 歴史散歩 その2 二の丸~本丸

 6月15日(水)大阪城歴史散歩の続きである。

d0097373_22293796.jpg 西の丸庭園をでると二の丸に入る。左右に石垣が残っているのが南仕切門跡で、西側の石垣の上に内部に太鼓を置いた櫓があった。太鼓櫓と呼ばれ、時報として太鼓を鳴らしいていた。




d0097373_22301173.jpg 太鼓櫓の南に六番櫓がある。外堀に面した櫓がかっては一番から七番まで建っていたが、今は一番櫓と六番櫓だけしか残っていない。共に重要文化財に指定されている。




 太鼓櫓跡のすぐ南に「石山本願寺推定地」の石碑がある。蓮如上人がこの地に大坂御坊を建てて、後に大坂本願寺になったのが、大阪城のルーツである。

d0097373_22303489.jpg 二の丸から本丸に入る。本丸への入口が桜門で両脇に「龍虎石」がある。右が竜石、左が虎石である。東の守り神が青竜、西が白虎だからである。「桜門」は高麗門という形式だが、明治20年に再建されたもので、桐紋がついているのに、国の重要文化財に指定されている。



d0097373_22311758.jpg 桜門を入ったところの桝形に巨石がある。一番大きいのが蛸石で蛸のように見える部分がある。36畳敷きの大きさがある。蛸石の右にあるのが烏帽子石、左にあるのが城内3番目の大きさの振袖石である。




d0097373_22344332.jpg 本丸に江戸時代に本丸御殿が建っていたが、戊辰戦争で焼失した。和歌山城の御殿を移築した「紀州御殿」があったが、戦後焼失して今は日本庭園だけが残っている。




 d0097373_2235956.jpg 本丸に「金蔵」がある。入口が3重になっている。
by nori-126 | 2011-06-17 02:51 | 歴史散歩 大阪 | Comments(0)

大阪城 歴史散歩 その1 大手口~西の丸庭園

 6月15日(水)午後から大阪城を訪れた。今までに観梅や鳥見で何回か訪れたが、今回は大阪城の歴史を勉強しようという目的である。「なにわなんでも大阪検定」というのが、7月にあるが、今までに大阪の歴史を学んだことを試してみようと2級を受験することにした。今年のテーマとして出題されるのが、「探検!大阪城」と「大阪の鉄道」である。

 大阪検定の参考図書である北川央著「大阪城ふしぎ発見ウオーク」を読んで、この本の通りに歩いてみることにした。

d0097373_333364.jpg 城の正面入り口である大手口から「大手門」(重要文化財)へ向かう。門の両脇に柱があり、上に小さな屋根が乗っている高麗門という形式である。





d0097373_3465067.jpg 門の柱に継ぎ目がみえる。上下にも横にも動かない継ぎ方で、かって、その謎説きを募集したところ一人だけ正解があったとのことである。





d0097373_3553060.jpg 大手門を入った正面に城内で4番目の巨石「大手見付石」があり、その左に第5位の「大手二番石」がある。






d0097373_3591278.jpg 石の上に長屋風の多聞櫓が建っており、「渡櫓」と折れ曲がった「続櫓」からなる。門の上の部屋は70畳もの広さがある。





d0097373_042482.jpg 多聞櫓を通り抜けると「千貫櫓」が見える。乾櫓と共に一番古い建物で設計者は小堀遠州である。大手口から美しい姿をみることができる。ここからは大手口を攻めてくる軍勢を見渡して鉄砲で攻撃できるようになっている。



 多聞櫓から東に行くと西の丸庭園への入り口がある。ほとんどが国有地である大阪城の中で西の丸庭園は大阪市の所有である。入るのに入場料200円を払った。西の丸庭園には、「星空コンサート」で来たことはあるが、中をみて回るのは初めてである。ここからみる天守閣は雄大である。

d0097373_043685.jpg 西の丸庭園の西北に「乾櫓」がある。城内最古の建物で重要文化財になっている。石垣の折れにそったL字型で、1階と2階が同じ面積であるという特徴がある。





d0097373_0432322.jpg  庭園の東北隅に「焔硝蔵」という火薬庫がある。総石造りですべて花崗岩でできている。






     西の丸庭園から大阪城   ↓
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by nori-126 | 2011-06-15 21:36 | 歴史散歩 大阪 | Comments(0)

白鷺公園 ’11.6.8

 6月8日(水)久しぶりに職場近くの白鷺公園を訪れた。花しょうぶの季節だが、少し盛りの時期を過ぎているように思われた。暑さのせいかやや元気がなく、株がまばらなところもあって少し物足りなかった。いい天気なので、木の下で食事をする年配のグループや絵を描く人達でにぎやかだった。桜の時期についで公園が華やぐ季節である。

 公園には野鳥がほとんどいなくなって、いつもみるムクドリ、スズメ、ドバト以外にはチュウサギが1羽いただけだった。

d0097373_11177.jpg 公園近くの道を歩いていると、民家の庭から道路に面して植えられている大きなピラカンサの木に、30羽もの蝶か蛾のようなものが群がっていて、交尾をしているものが多かった。てっきり蝶だと思って調べてみても該当するものはなく、ひょっとしてと「蛾とピラカンサ」で検索すると、ウメエダシャクという蛾だとわかった。蝶と蛾は区別できると思っていたが自信がなくなった。

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by nori-126 | 2011-06-10 01:56 | 自然観察 花・鳥・昆虫 | Comments(2)