感動を求めて、忙しすぎる「ひまつぶし」に追われている団塊世代の男の記録。
by nori-126
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<   2011年 08月 ( 14 )   > この月の画像一覧

2011 1万人の第九 大阪Dクラス レッスン1

 8月24日(水)1万人の第九大阪Dクラスのはじめてのレッスンがあった。会場は今まで通り大阪倶楽部で、合唱指導の加藤先生とピアノ伴奏の辻本先生は昨年と同じである。

 一万人の第九に初めて参加したのが5年前で、以来6回目の参加となるが、3回目が大阪8クラスだった以外はすべて大阪Dクラスである。

 淀屋橋から大阪倶楽部の方へ歩いて行くにつれて、何とも言えない気分になった。昨年知り合いになった方たちとまた再会できるだろうか?かなり早目に着いて手続きをした。

 会場で会えたのは、テノールのソロ(?)歌手で名幹事のWJさん、4年前からの知り合いのバスOYさん、バスOEさんとアルトOMさん夫妻、バスHAさん、3年前からの知り合いのアルトKMさん、MM(旧姓YM)さん、MYさん、KKさん、昨年からの知り合いのサットンさんとノブコンさん夫妻である。

 落選したのは、ソプラノの大学生YKさん(追記:別クラスで参加)、テノールのYTさんとアルトのYNさん夫妻、お姉さんのアルトYSさん、ソプラノのMMさん、バスのMU3さんなどである。アルトのATさんは大阪10クラスへ行かれた。長年参加しておられたOTさんとOKさん夫妻はおられなかったが、落選されたのだろうか?(追記:別のクラスで参加とのこと)5年前から懇意にしていただいたMidoさんとまさぽんさんは今年は応募されなかったらしい。(追記:Midoさんは大阪13クラスで参加)昨年大活躍のOファミリー三兄弟もいなかったが、5月下旬にお母さんに会った時は、今年は参加するかどうか迷っているということだった。大阪Dクラスでは一番古株の一人となってしまった。

 レッスンの初めに先生が、初めての参加の人と聞かれたのに、4分の1位が手を上げた。昨年も大阪Dクラスだった人というのには、20人くらいしか手が上がらなかった。半分は知り合いである。

 レッスンはドイツ語の歌詞を読むことから始まった。微妙な発音を丁寧に繰り返された。初心者にとってわかりやすい入り方である。語尾のRは発音しないという方針を示された。その方が歌いやすいと思う。

 休憩の後、肩たたきをして発声練習をした。昨年もした「フッ、フッ、フッ、フッ、」と息を吐いて「バババババー」と歌うのは、息を吐く時にお腹をへこますので、腹式呼吸の練習になるという説明があった。このあとDとEを歌った。久しぶりのことで高い音がうまくでなかった。バスはいい声の人が何人かいてすでにできあがっているという感じで他のパートから拍手があった。

 終わってから近くの居酒屋に行ったが、メンバーは4人と淋しい限りである。

 
by nori-126 | 2011-08-25 21:57 | 1万人の第九 | Comments(2)

第3回なにわなんでも大阪検定 2級合格

d0097373_13532763.jpg 8月18日(木)第3回「なにわなんでも大阪検定」の試験結果が郵送で届いた。自己採点での結果と同じ77点で合格しており、プラスチックカードの2級合格証が入っていた。





 2級の受験者は1038人で62位だったので、1か月少しの受験勉強期間としては上出来である。2級の合格者は170人で合格率は16.4%と昨年とほぼ同じだった。これで来年の1 級の受験資格が得られたが、1級は大変難しい。昨年の1級合格率は1.6%だったし、今年は少し良くなって6.8 %だった。

 昨年の1級の問題を以前してみたが、50点少ししか取れなかった。聞いたことのない人名がたくさんでてくる。4者択一が50問で各1点、記述問題が25問で各2点なので、これで80点取るのは並みの勉強では無理である。検定のためだけにどのくらい勉強する気になれるかが問題である。好きなことをするのが、「ひまつぶ誌」の信条なので、検定に合格するために勉強をするのは邪道ということになる。

 大阪検定を機会に、改めて大阪の歴史に興味を持つようになった。大阪検定を受ける前後で読んだ本の中には、試験を別にしても興味を持って読める本があった。

 「大阪今昔散歩」原島広至著 中経出版 657円 明治・大正・昭和初期の絵葉書や古い写真で当時の大阪の姿を紹介し、現在の写真と比べている。
 「大阪古地図むかし案内 読み解き大坂大絵図」本渡章著 創元社 1800円
 「続 大阪古地図むかし案内 明治から昭和初期編」本渡章著 創元社 2000円 
 明治維新から大大阪時代の古地図を元に当時の出来事を紹介している。人力車の普及や、第5回内国勧業博覧会の詳細な内容が興味深い。

 
by nori-126 | 2011-08-19 01:19 | 歴史散歩 大阪 | Comments(0)

興福寺 東金堂  奈良市

 8月17日(水)奈良国立博物館から興福寺に行くと、夕方で観光客はほとんどみられなかった。東金堂の拝観が夜間延長で7時までということなので、入ってみた。美術館での仏像を見た後で、やはりお堂の仏様を拝みたいという気分だった。中には外国人の3人グループ以外には誰もいなかった。

 3年前の秋に一度訪れたことがあるが、当時は仏像の知識も少なく、何を見たかほとんど覚えていなかった。

 東金堂は1415年の再建で国宝に指定されている。中には中央に薬師如来像があり、金色が少し残っている。光背は金色で小さい仏像が彫られている。両脇に脇侍の日光菩薩、月光菩薩がおられ、やはり金の光背が見事である。

 脇侍と薬師如来の間に唯磨居士と文殊菩薩像がある。四隅に四天王像があるが、一木作りで迫力がある。踏みつけられている餓鬼の表情が豊かである。十二神将が間に配置されているが、全体に狭いところにぎっしり並べられている感じである。

 美術館の仏様に手を合わせることはないが、お堂の仏様には手を合わせないではいられない。
by nori-126 | 2011-08-18 23:05 | 歴史散歩 奈良 | Comments(0)

なら仏像館 奈良国立博物館

 8月17日(水)奈良国立博物館新館での「天竺へ」という特別展を見た後、旧館の「なら仏像館」を見に行った。新館から地下のレストランを通って行くと、通路の壁に仏像の構造などについて説明されたパネルが並べられている。

 旧館が平成22年7月にリニューアルされて、所蔵している仏像や委託されている仏像を展示する「なら仏像館」としてオープンした。中央のホールに奈良国立博物館蔵の木造薬師如来坐像が置かれている。特別公開として海住山寺本尊の十一面観音像が展示されている。大きな頭でややバランスの悪い感じを受けるが、腰のくびれがなまめかしい。手に花を持っている感じがやさしい。

 特別公開として、東大寺法華堂(二月堂)に並べられていた金剛力士立像が、置かれている。薄くらい中にライトに浮かぶ阿形、吽形の形相は迫力があった。3m少しの高さだが大きくそびえるようだった。前に法華堂の須弥壇に他の大きな仏像と並んでいるのをみた時は、それほど大きく感じられなかったが。

 東大寺の国宝「誕生釈迦仏立像と灌仏盤」は、誕生釈迦としては大きめの像とかけた香水を受ける大きな鉢である。前から東大寺のどこで見られるのかと思っていたら、博物館に委託されていたのである。

 元興寺の木造薬師如来立像はふくよかな印象である。興福寺の木造法相六祖像の内、2点が置かれている。岡寺の伝義淵坐像、兵庫浄土寺の重源坐像と共に、人間味あふれる僧の姿を映している。如来や菩薩とは違った魅力がある。

 菩薩、明王、天部という仏様を紹介し、狛犬などの動物彫刻、舞楽や能楽の面など仏像の基礎を学ぶことができるようになっている。国宝の仏像8体と多くの重要文化財が展示されてさすがに奈良の博物館という感じであるが、仏像を博物館でみるという違和感は否めない。  
by nori-126 | 2011-08-18 02:46 | 美術展 | Comments(0)

天竺へ 三蔵法師3万キロの旅 奈良国立博物館

 8月17日(水)昼から奈良国立博物館で開催中の「天竺へ」という特別展を見にいった。国宝「玄奘三蔵絵」の公開を中心に、玄奘三蔵の業績を紹介している。

 特別展 天竺へ 三蔵法師3万キロの旅
 平成23年7月16日(土)-8月28日(日)
 奈良国立博物館

 近鉄奈良駅から奈良国立博物館まで歩いたが、とにかく暑い。こういう時期は涼しい美術館に入るのがいい。博物館の近くには鹿がたくさん集まっていた。小鹿がいるので家族が増えているのだろうか?

 最初の部屋に大阪の藤田美術館が所蔵する「玄奘三蔵絵」が展示されている。玄奘法師が天竺行きを決意し、幾多の困難を克服して、経典を持ち帰るまでを絵巻として描いたものである。鎌倉時代末期の制作と言うが、細かいタッチで700年前の絵であるのに色が鮮やかに保たれている。

 前期と後期で各巻の前半と後半を展示替えするが、写真で全巻を紹介している。絵巻の他に玄奘の歩いた道を記した地図、玄奘三蔵像、薬師寺の仏足石などが展示されている。

 次の部屋には、玄奘がインドからもたらし漢訳した「大般若経」の写本である387巻をすべて並べてある。藤田美術館が所蔵する国宝であるが、全巻並べることで、玄奘の偉業を実感してみようという企画である。玄奘三蔵は「西遊記」の三蔵法師のモデルであるが、玄奘三蔵の業績がやがて西遊記の物語へと変貌していく過程も紹介されている。

 
by nori-126 | 2011-08-18 02:23 | 美術展 | Comments(0)

納涼囲碁まつり 大阪新阪急ホテル

 8月15日(月)大阪新阪急ホテルで開催中の納涼囲碁まつりに行った。2年前までは近鉄百貨店で今の時期に近鉄囲碁まつりが36年間開催されていたが、昨年からは行われなくなった。今年はじめて、阪急電鉄の協賛で行われるもので、関西のプロ棋士の活躍がめざしい昨今、喜ばしいことである。

 納涼囲碁まつりは8月15日(月)、16日(火)の2日間で、プロ棋士による超早碁、対談、アマとプロの対戦、ペア碁などの企画があり、他にプロ棋士による指導碁などがある。

 会場では井山裕太名人十段と万波奈穂二段の9路盤での対局が行われており、石井邦生九段が解説をされた。対局する女性棋士や聞き手の女性は浴衣姿である。終わってからフードコートに行くと、石井九段にお会いしたのであいさつをした。

 井山名人と万波二段の19路盤での対局を途中までみた。会場に知っている人はと探してみたら、M先生がおられた。熱心な囲碁愛好家で、前に2回ほど対戦したがとても歯がたたなかった。もちろん、先生は私のことは御存じないが。

 今、関西の棋士が7大タイトルの内、4つを保持しており、NHK杯を含めて4人で5つのタイトルを保持している。この盛り上がりを応援するという意味でも、こういう催しが今後も続いていくことを期待したい。
by nori-126 | 2011-08-17 02:06 | 囲碁 | Comments(0)

奥穂高岳・涸沢 自然観察

 8月11日(木)~13日(土)上高地から涸沢、奥穂高岳への登山で、多くの花に出会った。上高地から横尾までの道の側にキツリフネ、ソバナ、ホタルブクロなどの花が咲いていた。ヘビイチゴの実もあった。横尾大橋を渡ったところにはキツリフネの群落があった。

 横尾から本谷橋までの道の側にはいろいろな花が咲いていた。紫色のごく小さい花は先が反り返っている形が面白い。後で調べてクサボタンという名だとわかった

 涸沢から穂高岳山荘に向かう雪渓の手前にお花畑があった。クルマユリ、チングルマの花や実、ハクサンイチゲ、ハクサンフウロ、ヨツバシオガマなどが満開だった。

 ザイテングラートの岩の間に、ダイモンジソウの小さい白い花が咲いているのをみつけた。ゆっくりと歩いているからみつけられるのである。

 奥穂高岳への岩場には、イワギキョウが咲いていた。穂高岳山荘の石のテラスで休んでいると、石のテーブルの下を鳥が歩きまわっていた。イワヒバリだった。昨年秋に木曽駒ヶ岳付近の山道で出会って感激したが、こんなに人慣れしていると興覚めである。

     雪渓下のお花畑  涸沢岳や涸沢槍を背景に  ↓
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     穂高岳山荘前のテラスでイワヒバリ   ↓
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                                 トリカブト ↓
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  アキノチョウジ(?)  ↓
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     ヤマハハコ  ↓              オタカラコウ  ↓
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   ソバナ  ↓                   ウラジロタデ   ↓
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センジュガンピ  ↓                   エゾシオガマ  ↓
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   イワギキョウ                    ハクサンフウロ  ↓
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  ハナチダケサシ  ↓                  ダイモンジソウ  ↓
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  クサボタン   ↓                  ヨツバヒヨドリ  ↓
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    ミヤマシシウド  ↓
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by nori-126 | 2011-08-15 11:37 | 自然観察 花・鳥・昆虫 | Comments(0)

奥穂高岳・涸沢 その4 穂高岳山荘~上高地

 8月12日(土)穂高岳山荘では、まだ暗い3時半頃から出発の準備をする人が多く目が覚めた。夜明け前に青い空が見えたので、テラスから御来光をみようとしたが、常念岳の方向に雲が帯状にあって、御来光は拝めなかった。

 左足の痛みが取れないので、心残りではあったが、涸沢岳には登らないで下山することにした。朝食を5時半頃に取ったが、生卵や海苔がついて、テーブルごとにホウバ味噌が固形燃料で温められていた。 豪華とはいえないが、山小屋の食事とは思えないくらい洗練された感じがした。

 ザイテングラートをゆっくりと下りた。下る人も登る人も多くて、待たされることも多い。落石のことを考えて人のすぐ前や後を行かないようにした。下りは少し恐いかと思ったがそれほどでもなかった。ザイテングラートを終わってから涸沢までの道が、左足の痛みがあってスピードがあがらなかった。コースタイム1時間半のところを倍くらいかかった。

 涸沢からの下りは足の痛みも少なかったが、急な下りでは左足に力を入れにくい。登ってくる人が多くて待たされることも多く、本谷橋までは、倍のペースだった。本谷橋から横尾までの平坦な道は軽快に歩けた。横尾山荘でカレーライスを食べて、上高地まで歩いたが、ここでまた足が痛くなった。左足を引きずるようにして上高地まで歩いた。

 上高地の河童橋から穂高連峰を眺めたが、正面の吊尾根は雲に隠れて見えなかった。それでも今までに見た中では一番見えた方である。左手の方の西穂高岳ははっきりと見えた。今年2月にY・Yさんが西穂独標付近で滑落して亡くなったのはあのあたりなのかと合掌した。

 上高地からバスで新島々にでたが、途中の道は山の中に切り開かれた道で、トンネルも多い。上高地が山深い地であることがわかる。39年前に初めての本格的な登山で、蝶ケ岳に登った時は、大学の研究室の人達に連れられて新島々に泊まり、島々の二股というところから徳本峠という古い登山道をたどった。それが山に魅せられた始まりだった。この時の当初の予定は徳本峠から奥穂高岳に登ることになっていたのが、初心者がいるからと蝶ケ岳になった。39年経って、やっと奥穂高岳に登れたことになる。
 
 いい天気に恵まれて長年の憧れの地、涸沢を訪れることができた。初めての穂高で、奥穂高岳は日本百名山20座目であり、10峰目の3000m峰である。これで富士山、北岳、奥穂高岳、間之岳、槍ヶ岳と一位から五位までの山に登頂したことになる。

 登山の最中に悩まされた左足の痛みは、帰った翌日は全くなくなってしまった。筋肉痛は残っていたが、あの痛みは一体何だったのだろうか?

    夜明けに常念岳のシルエット  ↓
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    穂高岳山荘の朝   ↓
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    奥穂高岳への取り付き  ↓
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    ザイテングラートから前穂北尾根  ↓
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    涸沢ヒュッテから涸沢カール  ↓
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    河童橋から穂高連峰を望む   ↓
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    河童橋から西穂独標、西穂高岳方面  ↓
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by nori-126 | 2011-08-14 00:57 | 山歩き | Comments(0)

奥穂高岳・涸沢 その3 穂高山荘~奥穂高岳

d0097373_11434033.jpg 8月12日(金)涸沢を早朝に歩き始めて、昼前に穂高岳山荘についた。

 2年前に歩いた蝶ケ岳から常念岳への縦走路が見えて、西には笠ヶ岳、南には奥穂高の西側の壁とそれに続くジャンダルムのそそり立つ岩肌がみえた。南アルプスの山並みも見えたが、遠すぎて先月登った仙丈岳は同定できなかった。富士山はザイテングラートを登る途中で見えたものの、すぐに雲に隠れてしまった。

 穂高岳山荘で、カレーライスを食べた。両膝が痛いという男性に再会して話をした。同病相憐れむというが、さらに同じ趣味なら、まるで旧知の仲のように話がはずむ。

 カメラだけを持って奥穂高岳に登った。小屋からすぐのところに梯子と鎖の岩場があったが、ここを過ぎると石のごろごろした登り道だった。奥穂高岳の頂上には祠があって、記念写真を撮る人でにぎわっていた。

 北には涸沢岳と北穂高岳が間近に見えて、遠くにわずかに槍ヶ岳が雲に見え隠れした。東には前穂高岳と明神岳がそびえ、岳沢に下る道、さらに上高地が見えた。岳沢からの重太郎新道を登ってきたというグループもあったが、険しい道のようである。若い男性は宮城県から車で来たという。震災から5か月経ってやっと来られるようになりましたと言われて良かったですねとしか言えなかった。南にはジャンダルムを歩く人の姿があったが、みているだけで恐い。少し時間がたつとガスが湧いてきた。

 当初の予定では涸沢岳に登るつもりだったが、ガスで北穂高岳や槍ヶ岳の眺望は望めないと判断して止めた。もし、翌日の体調がよければ下山する前に登ってみようと考えた。夕食の時に、和歌山からきたという若い夫婦、岸和田からきたという男性が同じ席になったので、関西の山の話をした。御夫婦は槍ヶ岳に登る予定が、横尾からの道を間違えて涸沢まできて気がついたので、奥穂高に来たと言う。

 部屋はほぼ定員どおりで、1枚の布団に一人寝られた。穂高岳山荘は1924年(大正13年)にはじめられた伝統のある山小屋で、クラッシック音楽が鳴り、セルフサービスの有料コーヒーが置かれ、多くの図書を所有している。外はテラスになっていて標高3000m近いのに、洗練されたリゾートのような雰囲気が味わえる。
 
   穂高岳山荘裏から笠が岳   ↓
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   奥穂高岳への道から涸沢岳(左)と北穂高岳(右)  ↓
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   槍が岳  ↓
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   ジャンダルム  ↓
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   前穂高岳(左)と明神岳(右) ↓  
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   上高地(ほぼ中央が河童橋)  ↓
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by nori-126 | 2011-08-14 00:55 | 山歩き | Comments(2)

奥穂高岳・涸沢 その2 涸沢~穂高岳山荘

 8月12日(金)奥穂高岳登山の2日目、涸沢ヒュッテは3時半頃から出発の準備をする人達の動きで目が覚めた。それでもうつらうつらしていたが、4時半過ぎにはカメラを持って外に出た。

 空は雲ひとつなく、薄暗い中に周りの岩山が迫ってくるようである。前穂高岳の北尾根と奥穂高岳に続く吊尾根、さらに北穂高岳に続く険しい岩山に囲まれた涸沢は、他では見られない景観を呈している。さらに涸沢カールの大雪渓が暗闇に白く浮かび上がる。涸沢が山に登る人々の憧れの場であることが納得できる。

 空が明るくなるにつれて、穂高の峰が赤く染まっていった。期待したほどの赤さではなかったが、29年前と2年前に蝶ケ岳からみたモルゲンロートを目の前に見ることができた。

 6時前にヒュッテをでて、奥穂高岳に向かって歩き始めた。昨日痛くなった左足の膝の辺りが力を入れると痛い。手持ちの痛み止めを飲んだ。後から来た人に膝が痛いので先に行って下さいというと、その男性も膝が痛くて薬を飲んだという。大きな石のごろごろした道を登って、雪渓の直前にお花畑があった。これを見るためにここまで歩いて来ていた老夫婦があった。

 雪渓をななめに横切って登りきったところで休憩をした。ここから大きな石のごろごろした道を登ると、ザイテングラートの取り付きになる。岩場の尾根を登っていくが、思ったほど恐くなかった。ただ、5日前に落石で二人が亡くなっているので、直登のところでは前後に人がいないように気を使った。

 ここでも膝が痛いというと、両膝にサポーターをしているという男性に会った。登る人も下る人も多くて時間がかかった。そして左足が痛むのと、おそらく高山のために息が切れるせいもあって、涸沢からのコースタイム2時間半のところを5時間かかって、穂高岳山荘についた。

   吊尾根と涸沢カールと涸沢ヒュッテ  ↓
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   朝焼けの奥穂高岳  ↓
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   ザイテングラート(ほぼ中央の尾根)と穂高岳山荘  ↓
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   雪渓を登る   ↓
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   ザイテングラートの側面  ↓
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   涸沢ヒュッテとテント  ↓
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by nori-126 | 2011-08-14 00:53 | 山歩き | Comments(0)