感動を求めて、忙しすぎる「ひまつぶし」に追われている団塊世代の男の記録。
by nori-126
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリ
全体
1万人の第九
第九(1万人の第九以外)
合唱
クラシック音楽
オペラ・バレエ
バイオリンレッスン
歌舞伎
文楽
古典芸能
ポピュラー音楽
美術展
陶芸
歴史散歩 大阪
歴史散歩 堺
歴史散歩 京都
歴史散歩 奈良
歴史散歩
街道を歩く
西国三十三所
山歩き
花 四季彩々
自然観察 花・鳥・昆虫
園芸
美味探訪
囲碁
読書
外国語
未分類
以前の記事
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
more...
フォロー中のブログ
SOLO*WALKER
暮らしの歳時記
続・季節とともに
エキサイトブログ以外のリンク
最新の記事
ラブリーホール合唱団 201..
at 2017-11-12 23:36
門真の第九 2018 第1回..
at 2017-11-12 23:22
国宝 第Ⅲ期 国立京都博物館
at 2017-11-09 01:36
LA FENICE  レクイ..
at 2017-11-07 01:17
関西二期会オペラ 魔弾の射手..
at 2017-10-29 21:35
1万人の第九 2017 森ノ..
at 2017-10-29 21:29
LA FENICE  レクイ..
at 2017-10-29 21:14
バイオリンレッスン  第96回
at 2017-10-24 17:40
ラブリホール合唱団 レクイエ..
at 2017-10-22 00:10
日本センチュリー響 第220..
at 2017-10-22 00:01
最新のコメント
コメントありがとうござい..
by nori-126 at 11:02
noriさん、こちらこそ..
by おっちゃん at 21:55
イソさん、コメントありが..
by nori-126 at 22:16
こんにちは 門真の第九..
by イソ at 19:43
midoさん、こちらこそ..
by nori-126 at 19:52
ライフログ
検索
タグ
(157)
(155)
(152)
(134)
(128)
(103)
(96)
(75)
(74)
(72)
(70)
(59)
(53)
(50)
(47)
(46)
(39)
(34)
(19)
(18)
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2012年 10月 ( 21 )   > この月の画像一覧

暗越奈良街道 総集編 

 大阪高麗橋から暗峠を越えて奈良に至る暗越奈良街道を4回に分けて歩き通したまとめである。街道歩きを初めて最初の街道となった。街道を歩いてみると、思っていたより昔の道標や地蔵堂などが残っていることを知った。周辺の探索を含めて、街道の歴史に思いを致すことができた。

 参考文献は「暗越奈良街道ガイドブック2012」暗越奈良街道編集委員会編

 第1回 2012年8月11日(土) 
 (北浜)-高麗橋-天満橋-榎大明神ー東雲稲荷神社-(玉造稲荷神社-大阪玉造キリスト教会-越中井)-JR玉造駅・二軒茶屋跡

 第2回 2012年8月15日(水)
 地下鉄鶴見緑地線玉造駅-(三光神社)-JR玉造駅-八阪神社-玉津橋-(四代目桂米團冶顕彰碑)-堺屋太一銘板-妙法寺・熊野大神宮-火袋式道標-(芸人の町・片江顕彰板)-法明寺・深江神社・深江郷土資料館ー(布施駅)

 第3回 2012年9月9日(月)
 (近鉄布施駅)-長堂-小阪北口-菱江-花園ラグビー場西-箱殿東-額田枚岡間ガード-(枚岡神社-近鉄枚岡駅) 

 第4回 2012年10月8日(月・祝)
 (枚岡駅)-枚岡額田間ガード-勧成院-観音寺-弘法の水-暗峠-石佛寺-竜田川-歓喜の湯-榁木峠-追分神社-冨雄川-垂仁天皇陵-近鉄尼ヶ辻駅-JR奈良駅-猿沢の池-近鉄奈良駅
  
上方落語「東の旅」はお伊勢参りをする喜六清八のシリーズものだが、その発端に暗越奈良街道が描写される。

 大阪離れて早や玉造、枡屋芳兵衛、鶴屋秀次郎といぅ二軒の茶屋がございまして、ここらを二軒茶屋と申します。ここで酸いぃ酒の一杯も呑みまして、見送りの友達と別れますといぅと、後は二ぁり連れでございます。

 「さぁ向きなはれ、心得た」中道、本庄、玉津橋から深江へと出てまいります。「笠を買うなら深江笠」てなことを申しまして、笠が名物でございます。名前は深江笠でもその実浅ぁい笠を一かいずつも買い求めますといぅと、高井田から藤の茶屋、御厨(みくりや)、額田(ぬかた)、豊浦(とゆら)、松原口越えてやってまいりましたのが暗峠でございます。

 「暗がりと、いえど明石の沖までも」面白い句碑が残ってございます。二十五町下りまして、やれやれと思う間もなく榁(むろ)の木峠、上りが雀の茶屋で下りが砂茶屋でございます。尼ケ辻から道が追分になっておりまして、右が大和の郡山、左が南都ぉは奈良でございます。
by nori-126 | 2012-10-28 19:02 | 街道を歩く | Comments(0)

1万人の第九 大阪10クラス 第5回 角地先生レッスン

 10月27日(土)1万人の第九大阪10クラスの第5回のレッスンがあった。本番のチケットが配布されて、WJさんと一緒に受け取った。スタンドHの前の方で、中央に近い。アリーナではないが、30周年の記念すべき年に参加することができるようになったことを喜ぶべきであろう。

 加藤先生の代理に大阪14,15クラス担当の角地正範先生がレッスンをされた。話される声がすでによく響くテノールの先生は、大きなよく通る声でマイクなしでレッスンをされた。

 発声練習では、体を後ろに反りかえるような体制(腕も上げて)で、息を吸うような形で声を出すことを強調された。「い」や「え」は口を横に広げないように、無理に「い」、「え」という必要はないということである。発音の正確さよりも発声の美しさを優先することと理解した。

 練習は、Prestissimo から歌い、ganzen を音を変えながら延ばすところを細かくおさらいした。低いところでは音を小さく、高くなるにつれて音を大きくしていく。延ばすところだからと同じ調子で歌うものではないということである。ここまで指摘してもらえるのは経験者クラスだからである。正に目から鱗の想いがした。

 Elysium の e を美しく発音するように言われた。Tochter の歌いだしをゆっくりと歌い出すとタイミングがずれにくいとか、aus Elysium の音の長さを楽譜とは少し変えるとかということになると、きちんと理解できなかった。理解できなくても奥深さを垣間見られたようでうれしかった。

 Dから歌ってみたが、binden wieder の b と w の発音の違い、Bruder の u は「ウ」ではないということを強調された。

 休憩の後に男声合唱をおさらいした。先生が歌われる独唱の最後の方が素晴らしい声である。先生の声につられて全員での合唱の迫力が会場に響き渡った。できたら先生の独唱を聞きたかったのだが。次回のレッスンは都合で参加できないので、これで今季の1万人の第九のレッスンは終了となる。あとは、11月28日の佐渡錬とリハーサルと本番である。

 終わってから、ピアノの先生とWJさんと居酒屋で飲んだ。WJ さんが参加している合唱団の先生とピアノの先生が知り合いとわかり、不思議な縁に話しが盛り上がった。
by nori-126 | 2012-10-28 17:01 | 1万人の第九 | Comments(0)

錦織公園 ’12.10.26 

 10月26日(金)昼に錦織公園に行った。いい天気で幼稚園児らが遠足に来ていた。駐車場から梅園の方へ歩くと、木々の間に多くの鳥が飛び回っていた。近くで見るのは難しいが、シジュウカラ、メジロ、エナガなどが確認できた。

 展望台から周りの景色を見渡してみる。二上山から葛城山、金剛山、さらに岩湧山までのダイヤモンド・トレイルの山々が望める。紅葉にはまだ早くて、ほとんど見られなかった。

 河内の里では、家の前の畑に綿の実が丁度きれいに実っていた。田んぼは稲刈りが終わったところで、稲の束が日干しされていて、近くに案山子が立っていた。家の縁側に座って、持ってきたコンビニ弁当を食べた。ここの風景は、母の実家を思い出させる。家の前に小川が流れていて、メダカが泳ぎ、近くの池には大きな鯉がいた。その池でこどもの頃にザルで鯉をすくって遊んだことを覚えている。

 河内の里の山裾には、山野草が植えられていて、名札がつけてある。アケボノソウの小さい花が咲いており、よくみると模様が美しい。

 ホトトギスの花はすでに終わっていて種ができていたので、遅かったかと思っていたら、別の場所で満開だった。園芸種でもあり、珍しい花ではないが、じっくりと見るのははじめてだった。

 アケボノソウ ↓
d0097373_16791.jpg

 ホトトギス  ↓
d0097373_1671463.jpg

by nori-126 | 2012-10-28 15:52 | 自然観察 花・鳥・昆虫 | Comments(0)

エルグレコ展 大阪国際美術館

d0097373_2314236.jpg 10月24日(水)昼からエル・グレコ展を見に行った。よく知っている名前で、特徴ある宗教画が思い浮かぶ。今までに美術展で見たことがあるかも知れないが、まとまったものを見たことはない。今回、世界中から50点以上が来日するというので、ぜひ見てみたいと会期早期に行くことにした。

 エル・グレコ展
 2012・10・16~12・24
 国立国際美術館 大阪中之島 


 エル・グレコ(1541-1614)はギリシャ生まれで、エル・グレコとは「ギリシア人」という意味の愛称である。クレタ島に生まれて、ローマやベニスで修業して、スペインのトレドに住み、宗教画や肖像画を残した。

 第1章-1 肖像画家エル・グレコ
 自画像等が展示されている。「燃え木で蝋燭を灯す少年」は少年の顔が蝋燭の明かりで明るく照らし出されている。「白てんの毛皮をまとう貴婦人」は整った女性の顔がエル・グレコの他の絵と全く違う。 「ディエゴ・デ・コバル-ビアスの肖像」は、他の画家の絵を見て描いたもので、元の絵も並べて展示されている。顔の描き方だけが全く違うのが妙な感じである。

 第1章-2 肖像画としての聖人像
 連作である聖人の肖像画が並べられている。服の赤と黄色のコントラストに特徴がある。

 第1章-3 見えるものと見えないもの
 聖家族の肖像が展示されている。

 第2章 クレタからイタリア、そしてスペインへ
 イタリア時代の絵は、精密な描写で細かいところまではっきりと描かれている。スペイン時代の絵は、よく見ると細かく描かれていないのに、全体としてまとまっている。

 第3章 トレドでの宗教画:説話と祈り
 「十字架のキリスト」等のキリストを描いたものが4点展示されている。

 第4章 近代芸術家エル・グレコの祭壇画:画家、建築家として
 教会等に飾られる祭壇画が展示されている。最後の部屋にポスターに採用されている高さ3.5mの「無原罪のお宿り」が展示されている。顔が小さく体が不釣り合いに伸ばされた形になっているが、これは下から見上げた時にバランスよく見えるように考えられているとのことである。エル・グレコの描いた絵は、設置された場所に残っているものはないという。美術館にあるから、こうして見ることができるということでもあるが。

 50点程度と多くはないが、大きな絵が多く十分な量である。閉館間際までいると、ほとんど見る人がいなくなりゆっくりと見ることができた。平日の閉館1時間半前くらいに入館して、ひと通り見たあとにもう一度、人の少ない時に見なおしてみるというのが一番いい。 

 見終わって外にでると、辺りは暗くなりかけていた。夕日に逆光で美術館を見ると幻想的である。橋から眺める大阪の風景もめったに見ないので美しかった。

d0097373_247369.jpg
d0097373_246538.jpg

by nori-126 | 2012-10-25 02:43 | 美術展 | Comments(0)

西高野街道 第4回 河内長野駅~八里石~千早口駅 後半

 10月21日(日)西高野街道を歩いた第4回の後半である。

d0097373_214547.jpg 河内長野駅から三日市駅まで、高野街道まつりに参加する大勢の人と街道を歩いたが、さらに街道を歩き続けることにした。三日市駅から南に少し行くと、川のほとりに八里石が立っている。ここまで来る人はほとんどいない。

 民家の間の道を少し歩くと、国道371号線にでる。周りの風景が開けて遠くに山並みが見える。三日市の宿場に泊まった昔の旅人は、今日は山越えだと覚悟を決めたに違いない。この辺りの街道は、国道の建設で破壊されているので、国道を歩くしかない。町の中の街道なら街道筋に家があって、国道はそれを避けて通したのだろうが、山の中では国道が街道を無視して造られたのだろう。





 新町橋の交差点で少し大きい鳥が空き地の虫を捕まえようとして失敗した。前に一度みたことがあるイソヒヨドリと思われた。交差点を越えたところに庚申堂がある。少し行くと国道から離れて山道を登って行く。集落の間の山道を歩いて、少し下ったところで国道371号線に戻る。この交差点の石仏南の手前に石仏寺があるというが、みつけられなかった。右手にあった坂を民家への道と勘違いしたらしい。

 道は川沿いの歩道を歩くようにガイドブックには書いてあるが、下りる道がない。ガイドブックも点線になっているから、行きにくいということなのだろう。代わりに国道を歩いたが、歩道のないところもあり少し恐い。途中で、山道に入るわずかなところを除いて、国道2km弱を歩いた。さらに間違えて800m程行き過ぎて引き返した。この辺りになると周りが山で囲まれていて、山の中を歩いているという感じである。

d0097373_282463.jpg 山道の傍らに赤い実がなっているのをみつけた。カラスウリと思われる。










d0097373_254257.jpg 天見郵便局のところで国道を離れて、木立の中に入る。天見川を渡るところに素朴な小さいお堂がある。天見川の流れは渓流となっている。

 御所の辻には地蔵堂があり、常夜燈と道標石がある。道標石には「右かうや(高野)左かうんこうセ(金剛山)ミち(道)」と刻まれている。御所の辻は高野街道と観心寺に向かうソタ峰越道の分岐点である。ここから七里石までは、1kmくらいだが、今日はここまでとして近くの千早口駅から電車で帰った。





 高野街道まつりのにぎやかな前半の街道歩きと、対照的に誰にも合わない後半の静かな街道歩きが一日で楽しめた。

 御所の辻地蔵堂  ↓
d0097373_29654.jpg
 
by nori-126 | 2012-10-23 00:00 | 街道を歩く | Comments(0)

西高野街道 第4回 河内長野駅~八里石~千早口駅 前半

 10月21日(日)西高野街道の第4回を歩いた。第6回高野街道まつりが河内長野駅と三日市駅の間で行われているので、いつも一人で歩いているが、たまにはにぎやかに歩くのもいいかと参加してみることにした。前日に、第3回で滝谷から河内長野駅まで歩いたのも、まつりで続きを歩くためである。

 西高野街道 第4回 河内長野駅~八里石~千早口駅

 河内長野駅(10:55)-長野神社-天野酒醸造元-旧西條橋(11:30)-大日寺(11:35)-烏帽子形神社(11:50)-増福寺(12:10)-旧三日市派出所(12:20)-三日市駅(12:45-13:20)-八里石(13:25)-新町橋(13:40)-石仏橋-御所の辻-千早口駅(15:05)

河内長野駅~千早口駅 6.5km  河内長野駅~千早口駅 13760歩   

d0097373_0514152.jpg  朝10時半過ぎに河内長野駅に着くと駅前の商店街のステージでは、和太鼓の演奏をしていた。迫力があってつい聴き惚れてしまった。ここから三日市に向かって歩くが、多くの人が歩いている。

 すぐに長野神社に着いた。かって「牛頭天王宮」と呼ばれていたが、明治元年に改称された。牛頭天王は頭が牛で、体が人間の形をしており、悪疫を防ぐ神である。天王が天皇につながるからと、明治政府は排除した。本殿は檜皮葺きで室町時代末期の建築と推定されている。

 少し歩くと天野酒の醸造元がある。天野山金剛寺で作られた僧坊酒は室町中期には有名になっていて、秀吉も愛飲したという。蔵元の建物は国登録の文化財に指定されている。この辺りでは、「奥河内コレクション」というイベントが開催されていて、40余りの出店が狭い道路に並んでいて、一杯の人で歩くのもままならない。

 通り抜けると石川を渡る旧西條橋に出る。ここから見る石川は奥深い渓谷のような趣きがある。昔の橋は川面に近いところに架けられていたので橋の前後は坂になっていた。橋を渡って別久坂を登ると、大日寺がある。境内に地蔵堂や常夜燈がある。

 やがて街道は田園風景になる。そして烏帽子形八幡神社に至る。急な階段を上がると本殿がある。さらに歩いて増福寺の前に昔の高札を複製して掲げてある。国道371号線を渡ると三日市宿に入る。

 昭和初期に建てられた三日市交番が修復されて観光案内所となっている。外壁が新しい建材で覆われていて、古い建物という感じがしないのが残念である。天見川の手前に月輪寺が建っている。川を渡ったところに、本陣であった油屋の跡に、幕末の天誅組のことを書いた案内板がある。

 この辺りからしばらくは三日市宿の面影を残す町並みが見られる。昔の旅人は一日に8里(32km)歩いたとされるので、大坂より8里、堺より5里、高野山へ9里というのがいい位置になる。宝暦10年(1760年)に、上田村に183軒、三日市村に32軒あり、三日市宿の半分は旅籠で、残りは旅人相手の商店だった。元・八木健吉醸造元の家があり中を見ることができる。臨時のテントで蕎麦を食べさせる店で蕎麦を食べた。

 三日市駅の手前に片屋の辻があり、観心寺や延命寺へ行く道と交差している。三日市駅前では、高野街道まつりのイベントで吹奏楽が演奏されていた。駅の周りでは多くの店がでていて、大勢の人でにぎわっていた。スタンプラリーを終えて抽選をしたが、残念賞のタオルだった。高野街道まつりで多くの人が歩いていて、にぎやかな街道歩きが楽しめた。ここからさらに南に街道を歩くことにした。

  長野神社  ↓
d0097373_0504479.jpg

  石川の流れ ↓
d0097373_0501414.jpg

  烏帽子形神社  ↓
d0097373_0505332.jpg

  三日市宿の町並み   ↓
d0097373_0511286.jpg
 
by nori-126 | 2012-10-21 23:12 | 街道を歩く | Comments(0)

西高野街道 第3回 十里石~九里石~河内長野駅

 10月20日(土)西高野街道の3回目を歩いた。いい天気で、秋とはいっても歩き続けると汗がでてくる。

 西高野街道 第3回 十里石~九里石
 滝谷駅(13:45)-十里石-天野橋-松林寺(14:20)-中高野街道合流(14:25)-寺ヶ池分岐(14:40)-寺ヶ池-寺ヶ池分岐(15:10)-西国三十三所巡礼道交差(15:50)-九里石(16:00)-東高野街道合流-河内長野駅(16:20)

 十里石~九里石 4.2km  滝谷駅~河内長野駅 10100歩 

 南海滝谷駅から少し西北に歩いて、2回目の最終地点である十里石に着いた。すぐに西除川に架かる天野橋を渡る。西除川は狭山池に流入しているが、昨日、コサギが魚を捕まえるのをみたのは、西除川が狭山池に注ぐところであった。

 ここからは上り坂になり、河内長野市に入る。地蔵堂があり、常夜燈や町石が建っている。ここから二股の道を左に行ったが、街道は右に行くべきだった。すぐに合流して、そこに松林寺が建っている。鎌倉中期に叡尊(えいぞん)が草庵を結んだことに始まる。叡尊の名は奈良西大寺を訪れた時に、中興の祖として名前を聞いたことがある。

 やがて西高野街道は中高野街道と合流する。その与津の辻には、地蔵堂、常夜燈、町石が立っている。町石には右平野、左さかい大坂と書かれている。中高野街道は平野を起点にした道である。この辻から西に行く道もあり、天野山に至る道である。ここから南坂を下っていくと途中に地蔵堂がある。

 この辺りの河内平野では江戸時代には綿の栽培がされて、木綿は「河内木綿」とか「長野木綿」とか呼ばれていた。特に滝谷から千代田を経て高向までが盛んだった。千代田学園の側を通って、大きな道にでる。左が千代田駅で、右が寺ヶ池である。寺ヶ池に行ってみた。大きな池である。周りに緑が多い。

d0097373_23312239.jpg 静かな町並みを歩き続けて、石坂地区、原町を登って行く。やがて清明塚がある。この手前を右に入ると明忍寺がある。墓地には道標があるというが、人がいなくて入るのがはばかられた。元の道に戻った。







d0097373_23315565.jpg 大阪外環状線を潜って、少し進むと西国三十三所の巡礼道と交差する原の辻に至る。施福寺から金剛寺を経て藤井寺に行く道がここで高野街道と交差する。堺大坂や槇尾山へ案内する道標がある。







 国道310号線を少し歩いて、寺元記念病院の横を通って、古野町に入った。古くは古野町が宿場町だったが、火事で焼失して宿駅が三日市に移ってしまった。やがて長野保育園横に膳所藩長野代官所の碑がある。古い碑はどうも撤去されたようで、案内板だけが残っている。

d0097373_23323347.jpg 保育園の西の街道とは離れたところに地蔵堂があり、ここに九里石がある。本来は街道筋に置かれてはずである。元の街道に戻って割坂に地蔵堂があり、ここが東高野街道との合流地点の候補地の一つである。東高野街道との合流地点は河内長野駅付近だが、特定されていない。






 商店街のアーケードを抜けると河内長野駅前で、市が設置した高野街道の案内板や道標がある。河内長野駅から帰った。

 中高野街道との合流地点 左手が西高野街道、右手が中高野街道  ↓
d0097373_23341889.jpg

 寺ヶ池 ↓
d0097373_23343653.jpg

 東高野街道との合流地点の候補地 ↓
d0097373_23462930.jpg

 河内長野駅前の案内モニュメント ↓
d0097373_23361319.jpg

 
by nori-126 | 2012-10-20 20:33 | 街道を歩く | Comments(0)

大阪狭山池 ’12.10.19 ベニシジミ・ヒメアカタテハ・イタチ

 10月19日(金)いい天気なので久しぶりに大阪狭山池に行った。金剛駅から池の南の端に行き、川がそそぎこむところでコサギをみた。小さい堰の上流側に2羽のコサギがいて、飛び上がる小魚を捕まえていた。小魚は堰を越えようとして飛び上がるのだろうか?コサギが川の中のエビを捕まえるのはよくみるが、魚を捕まえるのは初めてみた。

d0097373_23501156.jpg 池の側を北に向かって歩いた。蝶が舞っており、小さいが派手な模様が美しいチョウがいた。かなり近づいても逃げないし、ゆっくりと止まってくれる。図鑑で調べるとベニシジミといい、シジミチョウの中では近づきやすい種類と書かれていた。




 大きな蝶も舞っていて、暗峠でみたアカタテハかと思い写真に撮ったが、よくみると少し違う。ヒメアカタテハという種類と思われた。黒の目立つアカタテハと違って、オレンジ色が目立つ。他にツマグロヒョウモンの雌をみつけた。

 
d0097373_23502279.jpg 柵の上にモズの雌雄がいた。近づこうとすると逃げる。遠すぎて証拠写真程度である。






 石垣にイタチがいて、写真を撮ったら音に驚いてこちらを見た。カメラ目線のイタチの写真が撮れた。あまり可愛いという動物ではないが、がんばっている生きている(人の勝手な思い込みなのだが)と思うと愛おしい気持ちになる。

 飛び上がる魚を捕まえるコサギ   ↓
d0097373_23504893.jpg

 ヒメアカタテハ  ↓
d0097373_2351036.jpg

 イタチ  ↓
d0097373_23511595.jpg

by nori-126 | 2012-10-20 00:49 | 自然観察 花・鳥・昆虫 | Comments(2)

1万人の第九 朝日新聞に紹介記事

 10月17日(水)朝日新聞夕刊に1万人の第九の紹介記事が掲載された。シリーズで掲載されている「関西遺産」の記事で、1万人の第九について、歴史からレッスンまでをわかりやすく紹介されている。

 記者が大阪Cクラスのレッスンに参加されて、レッスンの様子を書かれている。指導者の清原先生のコメントや私の知り合いのYさんのコメントもあった。大阪Cクラスの合唱団の写真がカラーで載っているが、知っている人の顔を10人くらいみつけられてうれしかった。

 この記事の取材があったのは10月3日で、私は大阪Cクラスのレッスン後の飲み会に行って、記者の方にお会いして話をした。何人もの人が取材を受けていたが、記事になるのはごくわずかである。
by nori-126 | 2012-10-19 07:53 | 1万人の第九 | Comments(0)

さかいクラシック はばたけ堺!市民第九合唱団 レッスン2

 10月17日(水)堺クラシックに参加する合唱団の2回目の練習があった。雨の中を三国ヶ丘の練習会場に行った。参加者は20人程度と少なかった。

 堺クラシックでは、第九のMから最後までを歌うが、途中のソリストが参加するところは省略する。クリスマスソングを4曲歌う予定で、今日は前回楽譜をもらったAmazing graceと、今日渡された「きよしこの夜」の練習をした。初めに英語の発音の確認をした。Amazing graceはテノールだけで歌うと何とか歌えるが、合唱になると歌えない。さらに練習する必要がある。

 このあと、第九の練習をした。前回、テンポが遅くて歌いにくかったので、団員の一人が指揮をして、早いペースで歌うとうまく歌えた。ピアノの伴奏の仕方によって歌いやすさが違うことがわかった。1万人の第九では、ピアニストが代わっても違和感がないのは、決められた伴奏があるのだろう。

 リハーサルの時間が変更になり、参加できるようになった。
by nori-126 | 2012-10-19 07:47 | 第九(1万人の第九以外) | Comments(0)