感動を求めて、忙しすぎる「ひまつぶし」に追われている団塊世代の男の記録。
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カテゴリ:街道を歩く( 86 )

西国街道 第2回 JR住吉駅~JR西宮駅

 5月6日(日)、ゴールデンウイーク最終日、街道歩きをした。歩き始めは、風もさわやかで気持ちよかったが、日影がなくて暑かった。

西国街道 第2回 JR住吉~JR西宮
JR住吉-東灘区役所-業平橋-打出天神社ー阪神香櫨園駅-西宮神社-JR西宮駅


 JR住吉駅からすぐ南で、前回歩いた街道の続きを歩いた。国道2号線に沿ってしばらく行くと、東灘区役所の先に消防署があった。その庭に阪神淡路大震災の慰霊の彫像とモニュメントがあった。

 六甲ライナーの下を越えて、すぐ東で細い道を北に歩くと、街角に花松首地蔵がある。ここからは、住宅街の裏道を歩くことになるが、家は新しい作りで、昔の面影は全くない。街道歩きをしていると、わずかでも古い街並みが残っているものなのだが、神戸は震災で無くなってしまったのだろうか?

 再び国道2号線にでて、車の行き交う道の歩道を歩いた。大きなマンションや会社のビルなどが続いている。芦屋川にかかる業平橋を渡る。先日、コンサート聴きに来たルナ―ホールが見える。六甲からの川は、流れが急である。市街なのに、山の中にある渓流のような印象を受ける。

 JR芦屋駅の南のあたりで、斜めの少し細い道に入った。この辺りはお屋敷までとはいかないが、大きな一戸建てが並んでいる。阪神打出駅北のところで、打出天神社にお参りした。さらに東に歩いて、阪神電車沿いに歩いて、香櫨園駅に至った。

 少し歩いた所に西宮神社がある。毎年1月の十日戎で有名な神社であるが、来るのは初めてである。開門行事で福をもらおうとダッシュする様は、テレビでお馴染みだが、さすがに広い境内である。本殿が立派なだけでなく、大きな社が並んでいた。

 さらに東に歩いて、川にでたところで、北に向かった。JRの線路と出会う手前までを今日の道程として、ここから東に歩いてJR西宮駅から帰った。JR西宮駅は、10年あまり前に、近くのビルで委員会が何度かあったので、来たことがある。

                東灘消防署横の震災記念碑 ↓
 
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花松首地蔵 ↓
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芦屋川とルナ・ホール ↓
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西宮神社本殿 ↓
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西宮神社参道 ↓
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西宮神社山門 ↓
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by nori-126 | 2018-05-06 22:49 | 街道を歩く | Comments(0)

清滝街道 第1回 守口(京街道分岐)~四條畷中野

 4月4日(水)昼から清滝街道を歩いた。清滝街道は守口で京街道から分岐して、東に生駒を越えて奈良に至り、さらに南に山麓を歩いて、三郷に至る道である。清滝峠を越えるので、その名前がついている。守口から四条畷中野までは、守口街道とも呼ばれている。

 自動車道が通っているために、古い街道筋は失われている区間が多く、街道歩きとしてはあまり知られていない。東高野街道を歩いた時に、清滝街道との交差があった。

清滝街道 第1回 守口(京街道分岐)~四條畷中野
守口(京街道分岐)ー京阪西三荘駅ー京阪門真市駅ー門真市立歴史資料館ー京阪古川橋駅ー京阪大和田駅ー四條畷中野


 京阪守口駅で下りた。駅前の商店街の上を橋があるが、文禄堤の名残で京街道を歩いた時に通った。地下鉄守口駅の方へ行き、京街道で歩いた難宗寺の角に道標があり、ここが清滝街道の起点になる。

 京阪電鉄の高架に沿って歩くとすぐに、パナソニックがある。さくら広場には、ほぼ散ってしまった桜の樹、広く浅い滝、風で動く造形があった。隣にパナソニックミュージアムと松下幸之助歴史館がある。パナソニックは広大な土地に巨大なビル群が並んでいる。歴史館の前に、松下幸之助の像がある。制服姿の女性が15人くらいいたのは、季節がら、新入社員研修だろうか?

 西三荘駅から門真市駅を越えて、門真市立歴史資料館の案内板を見て、南の方へ少し歩いた。幼稚園を改装したものとのことで、1階に門真で発掘された土器の展示と、門真出身の幣原喜重郎首相が紹介されている。戦後すぐの総理大臣で、日本国憲法に深くかかわったとされる。

 古川橋駅の辺りは門真の第九で何度も通った地区である。よく通った居酒屋のすぐ近くに、小さい祠があった。願得寺というお寺に行った。広い境内に、蓮如上人の像があった。真宗大谷派の由緒あるお寺ということである。

 大和田駅からは、京阪本線を外れて、真っ直ぐ東の方へ158号線を歩いていった。第2京阪道路を越えた巣本という地区から、狭い住宅街を歩いた。蔀屋で163号線にでて、中野のバス停からバスで四條畷駅に行った。

                      京阪守口市駅前の文禄堤 ↓
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難宗寺の角の京街道から清滝街道の分岐 ↓
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パナソニックさくら広場 ↓
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パナソニックさくら広場の造形 ↓
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門真市立歴史資料館 ↓
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古川橋駅近くの祠 ↓
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願得寺山門 ↓
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by nori-126 | 2018-04-05 00:16 | 街道を歩く | Comments(0)

俊徳街道・十三街道 第2回 俊徳道駅〜八尾市楽音寺

 3月28日(水)、昼から俊徳道・十三街道を歩いた。JR俊徳道駅からすぐ隣の近鉄俊徳道駅から、前回の続きを歩いた。

俊徳街道・十三街道 第2回 俊徳道駅~八尾市楽音寺
近鉄俊徳道駅ー十三街道交差ー近畿大学ー八尾市埋蔵文化財センターー府立みどり清朋高校ー八尾市楽音寺町(東高野街道交差)


 近鉄俊徳道駅から、東に歩く道は広い自動車道で、何の風情もないが、菱屋西配水場の向かいの道端にお地蔵さんの祠があった。ここが、玉造からの十三街道との合流地点となり、ここからは十三街道と俊徳道を歩くことになる。

 広い道を外れて、南に細い道に入り、住宅街を東に歩いて行くと、近畿大学の記念館などの建物がある。大阪中央環状線に出ると、そのまま渡れなくて北に歩き、横断歩道を渡ってまた、続きの道に戻った。

 しばらく行ってから南に道を取るところに、十三街道の道標が立っている。街道を外れて、公園の中にある木村重成の墓に寄った。大阪夏の陣の大阪方の武将で、若江で討死したので、葬られて塚が作られた。その場にいたおじさんが歴史好きで、いろいろと説明してくれた。

 街道に戻るところに、八尾市埋蔵文化財センターがあった。八尾から出土した土器や銅鐸などが展示されていた。展示物はそう多くないが、発掘したものの分析の部屋があって、研究センターとして機能しているようである。

 福万寺町の公園に地蔵堂があった。この辺りは大きな作りの家が多い。そこを過ぎると、急にのどかな田園風景になる。府立みどり清朋高校の南側を通っていく。ここは5年前に、タマゲリを見にきたことがある。

 楽音寺町で、東高野街道と交差するところまでとした。2015年1月に東高野街道を歩いた時に、通過した地点である。これから越える十三峠に登る自動車道が見えた。バスで瓢箪山駅に戻った。

 2012年6月20日に、梶無神社に鳥を見に来た時に、商店街で同業のOGWさんに会ったことがある。その時に連れて行ったもらった寿司屋がないかとうろうろしていたら、何と、またもやOGWさんが娘さんと歩いているのに出会った。こういう偶然ということがあるものである。教えていただいたレストラン「かわむら」で夕食を食べた。

                   菱屋西地蔵堂  ↓
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                         八幡神社  ↓
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                       若江十三街道道標 ↓
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                          木村重成の墓 ↓
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by nori-126 | 2018-03-28 21:31 | 街道を歩く | Comments(0)

西国街道(神戸三宮~京都)第1回 三宮~JR住吉駅

 3月25日(日)、西国街道の一回目を歩いた。神戸三宮から京都の東寺までの区間を歩くことにした。参考にするのは、大阪府のHPにある歴史街道ウオーキングマップの西国街道の地図である。

西国街道(神戸三宮~京都)第1回 三宮~JR住吉駅
神戸三宮ー岩屋駅ー大石駅ー澤乃井ー本住吉神社ーJR住吉駅


 いい天気で風もほとんどなくて、歩き始めるとすぐに暑くなった。JR三宮駅の東の商店街の入り口に、西国街道の案内板が立てられている。ここから東に、真っ直ぐな道が続いていて、昔の街道筋が残されているのだと実感できた。ただ、沿道の家は、新しく作られたビルなどで、昔の家並みは全く残っていない。もしかすると、そういう家は、阪神大震災で被害を受けて無くなったのかもしれない。

 所々に、西国街道の新しい石碑と案内板が設置されている。阪神の岩屋駅に着いたら、ここは県立美術館で何度も来たことがある見慣れた風景である。駅のすぐ近くに敏馬(みぬめ)神社がある。式内社で美奴売神(みぬめ)という女神を祀っていたことから名前が来ている。

 岩屋駅からさらに東に歩いて大石川のところで、国道2号線の車の行き交う道を歩いて、細い道に入った。

 御影駅の高架の下に、澤乃井の案内板があるが、その向こうに清らかな水の大きな泉がある。高架下に池があるのは、驚いたが、神秘的であり、少し不気味な感じがする。単なる泉を第2次世界大戦中に、防火用水として使うために池のように整備したとのことである。

 住吉駅南の住吉公園には、阪神大震災でなくなった方の慰霊碑があった。今日歩いた風景からは、震災による被災の後はほとんど感じられなかった。慰霊碑がないと、震災のあったことを忘れそうである。

 住吉駅のすぐ西に本住吉(もとすみよし)神社がある。住吉三神を祀り、大阪の住吉大社の元という意味で、本住吉神社と名乗っている。住吉駅から帰った。

三宮駅東商店街入り口 ↓
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                 敏馬神社本殿  ↓
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駅高架下 澤乃井 ↓
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阪神淡路大震災慰霊碑 ↓
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本住吉神社 ↓
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本住吉神社本殿 ↓
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by nori-126 | 2018-03-25 15:31 | 街道を歩く | Comments(0)

俊徳街道・十三街道 第1回 四天王寺~俊徳丸駅

 3月24日(土)、新しく街道歩きを始めた。伝説の俊徳丸が八尾の高安から四天王寺に通ったのが、俊徳街道であり、玉造から八尾を経て、十三峠を越えて龍田に至るのが十三街道である。十三街道は玉造から布施まで暗越奈良街道と同じで、そこから南東に菱屋西で十三街道と合流する。俊徳街道・十三街道として四天王寺から奈良の龍田まで歩くことにする。

 参考にするのは、読書館発行の杉山三記雄著「河内の街道を歩く② 俊徳街道・十三街道」である。

俊徳街道・十三街道 第1回 四天王寺~俊徳丸駅
四天王寺ー御勝山公園ー中高野街道交差ー小路東ー近鉄俊徳道駅


 四天王寺は、彼岸なので参拝の人でにぎわい、露店もたくさんでていた。南大門から歩き始めた。同じ四天王寺を起点とする竜田越奈良街道は、南東に平野の方へ向かって歩いたが、今回は東の方向に向かう。

 大阪環状線を越えた所から、狭い生活道路に入って、古い家並みも少しだが残っている。少し北に歩くと、御勝山公園がある。公園の片隅に、釈超空の歌碑「小橋過ぎ、鶴橋生野来る道は、古道と思う見覚えのなき」がある。国文学者折口信夫の別名で、浪速区で生まれた。

 公園北からまた、東に歩いて行くと、西と東の俊徳地蔵の祠がある。城東運河のあたりで、昔の街道がはっきりしなくなる。巽北で、前に歩いた中高野街道と交差したのだが、その地点に気づかなかった。北の方へ歩いて、小路東からまた東に歩いていく。

 東大阪に入って、布施中学校の前を通ったが、元は俊徳中学校という名前だったが、平成28年に太平寺中学校と合併して、名前が変わった。この辺りは、俊徳という名前のついたところが多い。近鉄俊徳道駅について、電車で帰った。
              
                         四天王寺南大門 ↓
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御勝山公園 歌碑 ↓
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西俊徳地蔵 ↓
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by nori-126 | 2018-03-24 23:20 | 街道を歩く | Comments(0)

竜田越奈良街道 第5回(最終回)JR大和小泉駅~近鉄奈良駅

 1月2日(火)、街道歩きをした。天気がやや雲が多くて、風はそれほどでもないが、気温は低かった。少し長い距離だったが、竜田越奈良街道を5回で完歩した。

 これまでに、9つの街道、すなわち、4つの高野街道と京街道、そして大阪堺と奈良を結ぶ4つの街道、竹内街道、暗越奈良街道、長尾街道、そして今回の竜田越を歩き通したことになる。

竜田越奈良街道 第5回(最終回)JR大和小泉駅~慈光院~近鉄奈良駅
JR大和小泉駅(11:20)-慈光院-近鉄郡山駅-大安寺-近鉄奈良駅(16:17)
歩行時間 4時間55分 歩行距離 14.8㎞


 JR大和小泉駅から、前回の続きの小泉橋西まで戻って、ここから北に歩いた。古い街並みが残っている住宅街である。9号線に出た所に慈光院というお寺がある。

 慈光院は、片桐且元の甥である片桐石見守貞昌(石州)が父の菩提寺として建立した。石州は茶人として有名である。慈光院全体が、かなり広い茶室という風情である。門は、茨木城の楼門を移したもので、茅葺に代えられている。書院で抹茶とお菓子をいただいた。茶室が二つあり、本堂もそう大きくはない。庭は、数十種類の木の寄せ植えを刈り込んで、山のように見せている。

 慈光院からは、車の行き交う道の狭い歩道を歩いた。途中の裏道は、古い街並みが残っている。やがて、大和郡山の産業である金魚の養殖池が見えてきた。新木山古墳を過ぎて、近鉄郡山駅の南を過ぎて、柳町商店街に入った。入口に郡山八幡神社があって、地元の人がお参りしていた。

 郡山城跡は少し離れていたので、行かないことにした。古い街並みを歩くと大きい通りにでる角に、杉山小児科という重要文化財になっている医院があった。閉院したとのことで残念だが、建物は存続するのだろうか?同じところに火見櫓があった。

 秋篠川に出た。コンビニでカップヌードルを買って食べた。佐保川沿いに歩き始めてすぐの九条公園の入り口に、富本銭発見の地の案内板があった。日本最古の貨幣の最初の1枚がここで発見されたという。

 街道から少し入った所の大安寺にお参りした。小さい達磨に入ったおみくじを買った。大安寺は、奈良七大寺の一つで、かっては広大な境内を有していた。思っていたよりも狭いお寺だった。

 ここからは、JR奈良駅方向へ向かい、なら町を通って、近鉄奈良駅に向かった。途中で、古梅園という墨を作る家を見つけた。本来の終点の猿沢池が右に見えたが、行かないでそのまま、奈良駅で終点とした。

 
                        慈光院 ↓ 茨木城門
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慈光院 ↓
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慈光院 ↓

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杉山小児科 ↓

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火の見櫓 ↓
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                           大安寺本堂 ↓

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                         古梅園 ↓
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by nori-126 | 2018-01-03 03:04 | 街道を歩く | Comments(0)

京街道 第8回 (最終回)  地下鉄小野駅〜大津市京町

 12月30日(土)、京街道を歩いた。前回の終了地点の京都地下鉄小野駅に行った。大阪から新快速で山科まで行って、地下鉄で3駅戻るのが、早い。曇り空だったが、時に陽が射して、気温がそう低くなく、風もなくて寒さを感じなかった。

 今日で、京街道を完歩して、これで、4つの高野街道、竹内街道、暗越奈良街道、長尾街道に続いて、8つめの街道を踏破したことになる。

京街道 第8回(最終回)京都地下鉄小野駅-大津市京町
京都地下鉄小野駅(11:25)-随心院-名神高速道路交差-東海道新幹線交差-蝉丸神社-逢坂の関-大津市京町(札の辻)(14:45)
歩行距離 


 京都地下鉄小野駅から歩き始めて、すぐに街道を外れて、随心院を拝観した。真言宗善通寺派の大本山で、門跡寺院だけあって、境内が広いし、多くの建物が渡り廊下でつながっている。小野小町ゆかりお寺で、化粧に使ったという化粧井戸や肖像画が飾られている。絵馬もピンクの絵で女性向きである。

 元の道に戻り、北の方へ歩いて行く。名神高速道路を越えて、歩道の狭い道を車を気にしながら歩いた。東海道新幹線を越えて広い車道にでる。音羽病院の前を越えて、登りの道は、古い街並みが残っている。登り切った所が追分で、京と大阪に向かう道の分岐である。

 京阪京津線の追分駅の近くを通って、線路沿いの広い国道1号線の歩道を歩いた。大谷駅の手前で、歩道橋を渡って、蝉丸神社にでた。5年前の春に、三井寺から小関越を京都へ歩こうとして、間違えて逢坂の関に出てしまい、蝉丸神社に行ったことがある。

 この近くに鰻で有名な「かねよ」という店があるが、正月休みだった。知り合いのOKさんが、最近、子どもの頃に来たことがあるこの店を、久しぶりに訪れたとFBに載せておられた。逢坂の関には、案内板や石碑が建っている。自動車道の歩道を歩いて、蝉丸神社下社を過ぎた。蝉丸は、百人一首の「これやこの行くも帰るも分かれては知るも知らぬも逢坂の関」で有名だが、琵琶の名手でもあり、神社には、「音曲芸道祖神」の碑があった。

 国道161号線に入ると、浜大津駅への道は広くて、中央を京津線の電車が市電のように走る。4両編成の大きな電車が路面を走る様は、何か異様である。道の傍に本陣跡の案内板がある。駅の手前の京町が京街道の終点で、札の辻という。駅前でラーメンを食べて、近くの三井寺力餅の店で餅を買った。浜大津駅から電車で山科にでて、JRで大阪に帰った。



                       隋心院  ↓
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       隋心院 ↓
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随心院 小野小町歌碑 ↓
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蝉丸神社 ↓
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逢坂の関 ↓
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蝉丸神社下社 ↓
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大津市京町 札の辻 ↓
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by nori-126 | 2017-12-30 22:59 | 街道を歩く | Comments(0)

竜田越奈良街道 第4回 JR三郷駅~法隆寺~JR大和小泉駅

 12月20日(水)、昼から街道歩きをした。雲一つないいい天気で、風もなくて、あまり寒さを感じなかった。歩き続けると汗ばむくらいであった。陽が落ちると日陰になるので、寒くなったが。

竜田越奈良街道 第4回 JR三郷駅~法隆寺~JR大和小泉駅
JR三郷駅(13:30)-竜田大社-近鉄生駒線信貴山下駅(14:15)-竜田大橋(14:55)-竜田神社(15:10)-法隆寺(15:40)-小泉神社(16:35)-JR大和小泉駅(16:55)
歩行時間 3時間22分 歩行距離 11.0km


 前回の続きである三郷駅から住宅街の細い道に入り、登りになる。上がった所に竜田大社がある。大きな鳥居と拝殿がある。ほとんど人はいなかったが、業者の人たちが正月の準備をしていた。住宅街を歩いていくと大和川に出た。近鉄信貴山下駅の裏を通る。ここは、生駒山系縦走の時の出発点だった駅である。

 住宅街を歩いて、竜田大橋にでた。2007年2月に、初めて参加した毎日放送のラジオウオークで、三室の方から歩いてきたことがあり、ここから法隆寺までの道はその時に歩いたのと同じ道である。このラジオウオークがきっかけとなって、奈良の歴史に興味を持ち、奈良に何度も通った時期があった。

 橋を越えたところで、195号線から細い道に入った。入った所に酒造会社の古風な家があった。この辺りには、古い家並みが残っている。2階が白壁で細い隙間のある家が多い。2階というより、屋根裏部屋のように思われるが。

 龍田神社には能の金剛流発祥の地の碑がある。金剛流は、この辺りにあった猿楽の板戸座が起源だからということからである。本堂は大きいが、他はがらんとした広場である。

 斑鳩町役場にでて、続けて細い道を行くと、法隆寺の参道にでる。松の並木の広い参道が寺の南大門に通じている。中門は、修復のために覆いがされていた。中を拝観する時間がないので、南大門から東に向かった。25号線と交わるところに吉野家があった。ふらつくような感じがしたので、空腹によるものと考えて、すき焼き鍋を食べたら元気がでた。

 工場のある田園地帯を歩いて、住宅街に入ると、小泉神社があった。ここから東に歩いて、富雄川にかかる小泉橋の手前で、街道は北に向かうのだが、本日は、ここまでとして、駅に向かった。橋を渡ったところに、少し大きめのお堂があり、お地蔵さんが祀られていた。JR大和小泉駅から帰った。
 
                           竜田大社 ↓
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竜田大社本殿 ↓
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竜田大橋から龍田川 ↓
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龍田神社 ↓
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法隆寺参道 ↓
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法隆寺五重塔 ↓
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小泉神社 ↓
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by nori-126 | 2017-12-20 23:23 | 街道を歩く | Comments(0)

京街道 第7回 中書島~地下鉄小野駅

 12月17日(日)、久しぶりに街道歩きをした。天気は良かったが寒かった。それでも歩いていると、体が温まってくる。iphoneを忘れたので、Walkmeterの記録が取れなかった。ipadを持っていたが、位置情報を獲得できなかった。

京街道 第7回 京阪中書島駅~地下鉄小野駅
京阪中書島駅(11:05)-長建寺-寺田屋-近鉄京都線高架-墨染寺-墨染駅-藤森神社-JR藤森駅-勧修寺-地下鉄東西線小野駅(14:45)

 京阪中書島駅前の「cafe ゆきかぐれ」で、ケーキとコーヒーを楽しんでから、歩き始めた。すぐ北に弁財天を祀る長建寺がある。唐様の門の形が珍しい。境内には、いろいろと案内板があって、俗っぽい感じがした。境内は撮影禁止だった。すぐ近くに月桂冠大倉記念館がある。この辺りは、酒蔵が並んでいる。他にも清酒の会社がいくつかあるが、又の機会に訪れることにしした。
 
 このすぐ北に、坂本龍馬で有名な寺田屋があるのだが、探すのに手間取った。ここも入るのは止めた。近くには、龍馬館というみやげもの屋などがあり、観光客が多い。

 近くに、電気鉄道事業発祥の地の碑がひっそりと建っている。琵琶湖疎水を利用した発電で、日本初の市電が、この辺りを起点に敷設された。さらに北に歩いて行くと、新しい町並みに、時に古い家並みが残っている。近鉄京都線の高架をくぐるところで、それまでに一筋西の道を歩いていたので、少し迷った。

 さらに北に歩いていくと、墨染寺がある。墨染桜が咲くことで知られている。大きな桜の樹があった。墨染駅の南で、京阪本線を渡ると、藤森神社がある。紫陽花の名所として、名前は聞いたことがある。境内が広くて、紫陽花の植えられた庭も2か所あって広い。クリスマスコンサートがあるということで、屋台もでていた。

 すぐ東が京都教育大である。JR藤森駅から北に歩くと、新興住宅の中に、古い町並みが残っている。ここから東に府道35号線の歩道を歩いて行く。深草という地区で、峠の登りである。峠を下りたところに、勧修寺(かじゅうじ)というお寺がある。由緒ある門跡寺院だけあって、広い境内には、由緒ある建物がある。大きな池があって、中之島があり、ハスが植えられていた。すぐ近くの京都地下鉄小野駅から帰った。

                         長建寺 ↓
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寺田屋 ↓
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墨染寺 ↓
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藤森神社本殿 ↓
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勧進寺書院 ↓
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勧進寺本殿 ↓
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by nori-126 | 2017-12-18 00:29 | 街道を歩く | Comments(0)

京街道 第6回 八幡市駅~中書島駅

 6月4日(日)、街道歩きをした。時期的には暑くなっているので、負担になるが、空気がさわやかで、風もあるので思い切って歩いてみた。陽が当たり、風がないとやはりこたえる。

 京街道 第6回 八幡市駅~中書島駅
 八幡市駅ー三川合流ー京滋バイパスー淀城跡ー宇治川大橋ー
 三栖関門ー中書島駅


 前回の続きの八幡市駅から木津川を渡った。橋の上から、河原で鳥の鳴く声が聞こえて、オオヨシキリだとわかった。口の中が黄色くみえる。橋を越えたところに、三川合流地域に、今年3月にオープンした、さくらであい館が建っている。案内所やセミナーをする部屋がある。隣に展望塔があり、エレベーターで上に上がると、下流の方に桂川、宇治川、木津川が合流する地点を望むことができる。宇治川と木津川との間の堤防は、背割堤の桜として知られる場所である。

 宇治川を渡り、京滋バイパスを越えて、車の道を歩いていくが、新しい道で風情はない。古い町並みに入って、京阪淀駅の近くに来た。淀駅のそばに與杼(よど)神社があり、ここに淀城跡がある。石垣が残っているだけだが、三川合流のこの辺りが、軍事的に重要な地域であったことを示すものである。

 街道に戻って、京都競馬場のそばを通って、京阪線に並行して走る車の道を歩く。周りに家がなく暑い。道端に戊辰戦争の戦没者慰霊碑がぽつんとあった。線路を越えて、宇治川沿いの堤防を歩いて行くが、ほとんど人が歩いていない。

 宇治川大橋と巨椋大橋を越えたところに、三栖関門がある。この辺りはかって水運で栄えた伏見の港があったところである。一帯が公園になっていて、家族連れが楽しんでいた。十石舟が観光客を乗せて運河を渡っていく。中書島駅前で遅い昼食を食べて帰った。

              オオヨシキリ ↓
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さくらであい館から背割堤 ↓
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淀城石垣 ↓
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與杼神社 ↓
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十石舟 ↓
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by nori-126 | 2017-06-05 01:05 | 街道を歩く | Comments(0)